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人生のご褒美に行きたいホテル BYAKU narai|長野 #HOTELIST

時が止まったかのような宿場町、奈良井宿。江戸時代の面影を残すこの町に、令和2年、新しいお宿ができました。

その名は「BYAKU narai」

宿場町とは、徒歩や馬での移動が主だった江戸時代に整備された街道、中山道や東海道沿いに、宿を中心に発達した町のこと。

BYAKU(ビャク)の由来は、宿の中に隠れた"百"。

「宿」を分解すると、家の中に人と百があります。ひとつの家に、百の人が訪れ、百の物語が生まれる。そして、奈良井宿に眠る百の体験を掘り起こしたいという想いがこめられています。

ヒャクではなくビャクなのは「百、二百、三百……何百(ナンビャク)」から「BYAKU」と名付けられたんだそう。今日は、幾百の物語が生まれはじめたBYAKUをご紹介します。

物語が始まる宿 BYAKU 

しとしとと雨音がする。だれもいないホームに立つ。頬に冷たい空気が刺さる。東京から3時間半。

まるで映画のオープニングかのように、ホームの向こうに見える山々から、もうもうと霧が立ち上っている。地面によって空気が冷やされ、雨が蒸気となり、再び空気に帰ってゆく。

今朝、雨が降り出したときは「あ…」と思ったが、この雨のおかげで奈良井宿らしい冬景色を臨むことができたと思うと、足元は悪いが、これはこれでラッキーだったかもしれない。

そんなことを考えながら、駅から道なりに歩くと、すぐに奈良井宿と書かれた看板が現れ、突然そこから江戸時代にタイムスリップしたかのような宿場町がはじまる。

まるで舞台セットのようだが、奈良井宿には今なお人々が住んでおり、民宿や漆器屋、櫛屋、軽食店などを営んでいる。れっきとした生きた町だ。

宿場町は日本最長で1kmほどある。そぞろ歩きするだけでも楽しい。街道の突き当りには、関所の名残や疫病を治める神社がある。

そんな道中に「BYAKU narai」はある。

BYAKU naraiは、約200年前につくられた伝統的な建造物を改修した宿だ。もともと酒造と民宿があった敷地内に、レストラン・酒蔵・バー・温浴施設・ギャラリーの6つの施設がつくられた。

築200年以上の建物の壁や天井をはがし、断熱材や吸音材を入れて現代の宿として必要な機能を加えたうえで、元に戻す高度な改修をしているため、歴史的な部分を多く残しながら、現代の宿として快適に過ごせることが特徴的だ。

実際、宿のエントランスの大半は手を加えることなく、200年前、多くの人を受け入れた宿の姿と変わらないままなんだそう。

日本を感じる、すべてが見えない奥ゆかしさ

チェックインを済ますと、館内用の大きな黒い傘を渡される。どうやら再び外に出るようだ。エントランス右手にある暖簾をくぐるよう案内される。

敷地の中だが、路地のような小道があらわれる。先が見えない。

雨で白く反射するを石を渡りながら、ゆるやかに曲がる道を、高揚している気持ちを抑えながら進んでいく。

ふっ、とひらけた場所に出る。

見回してみると、いくつか暖簾が見えた。暖簾が風ではためくが、向こうが側は見えそうで見えない。

1,700㎡以上の敷地に、旧民宿の建物だったり、本家の人が暮らしていた建物、使用人の建物、蔵などを改修し、分棟式で全部で10の部屋が点在しており、暖簾はその各部屋の目印なんだそうだ。

一〇四:内と外の曖昧な境目を感じる

この日私が泊まった部屋は、もともと使用人が暮らしていた部屋だったそう。今来た小道の脇に入口がある。

雨で重くなった暖簾をくぐり、軒下で傘を閉じる。

うろこ模様の彫がはいった重たい木の扉をあけると、目の前に白い壁と、縦に影がすっと伸びた照明が目に入る。

「部屋に入る」という一連の動作を、ふと止めて、環境の変化を気づかせられる内と外を無自覚に自覚させる照明。きっとなければ、なにごともなく、すっと部屋に入ってしまったに違いない。

玄関で靴を脱ぎ、高鳴る胸を押さえながら、柔らかな白い廊下を抜ける。

抜けた先に、一番に目に飛び込んでくるのは向こうに見える信濃の山々。ふと目を足元にむけると広い縁側と、雨に濡れた簡素な庭。

夕刻前の青く白い空は、低い位置にあるはずの太陽を、雨雲と霧に隠してしまっている。

水分をたっぷりと含んだ冷たい空気は、遠い太陽の光を拡散し、ただぼんやりと薄明るい光と変えてしまい、山も、町も、この部屋も、すべてを包んでいた。

白い壁は、光をまとった空気をさらにやわらかく反射する。グラデーションの影が美しい。

一〇四はもともと使用人の部屋だったため、天井が低かったのだが、客室に改修する際に、天高を確保するために天井をはがし梁をむき出しにし、さらに床面を掘り下げて、視点の高さに変化を起こす豊かな空間となっている。

BYAKU narai のもう一つの魅力は、すべての部屋にある露天風呂だ。

奈良井宿を感じたいのであれば圧倒的にこの部屋の露天風呂がおすすめだ

もともと茶室だった客室半露天風呂で、縁側という日本建築ならではの、内と外の境目が曖昧な空間で、幽玄な景色を堪能することができる。

どの部屋でも露天風呂が楽しめるが、この木曽の景色を十分に味わうために泊まるべき部屋であることは間違いない。

▼お部屋紹介

今回は特別に、お宿の方のご厚意で、宿泊した部屋以外の部屋も見学させていただいたので、写真を中心にちょこっとご紹介します。

一〇一:町屋を感じる襖がつなぐ続間

元々は3つの畳の部屋がつながっていた空間を仕切ってつくられた部屋。一番手間の部屋には、天窓が施されており、空の移ろいを感じることができます。この天窓は新しくつくられたわけではなく、改修前からあるものだというから驚いてしまいます。

この襖の奥にされに、和室が続いていただんそう。

天窓のある前室、床の間を持った寝室、二面の窓から陽の光が差し込む明るい居間という三つの異なる顔をもつ部屋が続いています。

一〇五:書院造りを持つ、御座敷の贅沢さ

BYAKUで一番広いお部屋。

もともと、この家の主人たちが暮らしていた家でした。襖、違い棚、床の間、飾り欄間、書院、竿縁天井をほぼ残した本格和室です。以前は池だった庭を抜けた先に玄関があります。

かなり豪華なつくりであることは、素人目でもわかります。

一〇八:生漆に触れる、離れ蔵

蔵を改装したお部屋です。厚い土壁、重厚な扉など、家財蔵に宿泊するという貴重な体験ができます。

おこもり感満載な部屋は、吹き抜けのあるメゾネットタイプ。

蔵には漆器が多く格納されていたそうで、そこからイメージを膨らませて、部屋の内装の仕上げには奈良井宿の伝統的な漆をつかった「溜め色の漆」が使われているんだそう。随所に奈良井宿へのリスペクトが感じられます。

ちなみに蔵にあった漆器は、欠けなどを修復して、敷地内にあるレストランで実際に使われています。器は、まるで空気のような軽さで、手に取った瞬間にいいものであるのがわかります。

江戸時代につくられた良いものは、2022年になっても、まだ現役で使われていることに感動させられました。

奈良井宿唯一の本格的なレストラン「嵓」

BYAKU naraiのレストラン「嵓」は、酒造りをする「蔵」として活気に満ち溢れていた空間を、レストランに改装し、再生させました。

レストラン「嵓」には、ほどよい暗さでしっとりと過ごせるカウンター席と、天高が高く開放的な広間の2つの空間があります。

嵓で提供するコース料理は、お金を出せば食べられるような料理ではなく、奈良井宿に来ないと食べられない料理であることを大切にしているんだそう。

過度な演出はせず、ここだからこそ味わえる料理が正しく供されるのは、本来の「食」を見直すきっかけとなるのではないだろうか。

赤カブのスープ。木曽では、赤カブはもてなしの意味があるそう

長野名物のおやき。昔は日常的に食べる料理だった

新鮮な鯉を1週間ねかせたレンコンのはさみ揚げ

レストランではコースで提供され、そしてどの料理にも、奈良井宿の物語がある。これはシェフが教えてくれた話なのだが、

嵓の開業にあたり奈良井宿を調べていると、ここの人たちは「木曽は食に恵まれてない、特別なおもてなしできる食がない」と感じている部分があったんだそう。

けれど、シェフがつくろうとしているのはハレの食ではなく、奈良井の日常や文化に根付いた食を最高なコースとして出したいと考えていた。

飛騨牛の炊き込みごはん

だから飛騨牛は、お客様にそのままステーキにして食べたいと言われることもあるが、飛騨の水で育った米のうまさを引きたてる副材的な使うことで、木曽奈良井のよさを感じてほしいと思いつくったんだそう。

長野県名産のリンゴをつかったデザート
ガラスに塗った漆が美しい

BYAKU naraiまでは、新宿駅から特急あずさに乗り塩尻まで2時間半。そこからさらに山奥へと行く30分ほど行く。乗り換えがないためか、正直それほど遠く感じなかった。

全世界で乗降客数1位2位を争うターミナル駅から、たった3時間ほどで、日本の原風景のようにどこか懐かしく、けれど緊張感のある自然をたたえるこの町にたどり着くだなんて嘘のようだ。

この町は、200年前からよそから来た人々を受け入れ、もてなし、見送ってきた土地の歴史を今なお刻んでいるのかと思うと、不思議な感じがする。

私にとってのBYAKU naraiは、本来あるべき姿の生活と、求めすぎない文化を感じることができる時間を過ごすことができた。日々忙殺されている私自身の物語を改めて、見つめなおす時間をに感じられた。

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