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私は麻薬

 酸素が好きで堪らない。二酸化炭素が嫌いで堪らない。そんなニュアンスで生きてきたように思う。それだけ? と問われれば素直に頷くしかない。だって私は私以上ではなく、私以下でもないのだから。不可能という言葉ほど私に似合わない言葉は存在しない。世界中に存在する塵を集めて価値を付与してきた私にとっては特に。この音が聴こえるか。瞬間の音だ。 瞬きをするたびに世界は変化している。

 さて、前置きはこの辺で終わらせよう。

 私は風である。更に言うと、火であり、水であり、土でもある。ただ、別に自分を必要以上に大きく見せようなどという誇大妄想には一切憑りつかれてはいない。むしろそういった欲望は足枷となって薄気味悪い笑みを浮かべながら纏わりつくことを私は知っている。

 一時期チェスを嗜んでいたことがあった。一番心地よい瞬間は「チェックメイト!」と高らかに叫ぶことである。実際あれをしたいがためにやっているようなものだった。続けざまに勝利すると、もはやそれは遊びでも何でもない、ある種の麻薬が含まれていることに気がついた。そこで考えよう。一体、麻薬と呼ばれているものの正体は何なのか? 
 
 巷に溢れているジャンクフードがいい例だろう。大事になってくるのは「一度でもそういった対象を疑ったことがあるかどうか?」に尽きると思う。今やあらゆる娯楽があちこちに点在する時代だ。なぜ「疑う」という行為がそこまで必要になってくるのかというと、彼らは待っているからだ。大量生産される麻薬たちは疑われないままでいると、社会という名のベルトコンベアーに乗せられて、自らの行き先が分からなくなる。彼らは無表情でSOS信号を鳴らし続けている。あとは周辺の人物がいかにそれを察してあげるかどうか、が命綱になってくるだろう。

 本当にそれって人生を賭けられるくらい面白いの? 本当にそれを心から楽しんでやっているの? だってそれはあなたの精神を破壊する麻薬だよ。創作活動も麻薬といえば麻薬だけど、私はこれが私の魂を喜ばせる行為だということを知っている。ただ忘れないでほしいことがある。思う念力岩をも通す。この言葉の意味は、不可能だと思っていることでも一心に念じて努力すれば必ず成就するということ。これを機に幼き頃に描いた夢を思い出しみて。信じるのは自分だけでいい。だって神様はあなたの中に宿っているのだから。


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