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綿貫大介「松嶋菜々子もトヨエツも漁港で働いてた」(滞在3日目)

 なんだか眠れなかった(※1)。これは決して「最近忙しくて、ほとんど寝てないんだよね〜」という“寝てないアピール”(※2)ではない。単純にうまく寝付けなくて、焦れば焦るほど眠気から遠のいてしまっていたのだ。結局そのまま有意義に朝風呂に入り、一日をスタートさせてしまった。今日はこのまま、秘密を抱えた人にありがちな浅い眠りの夢心地で過ごそうと思う。


この3日間は、伊豆長岡に宿泊。雲ひとつない晴天。外を歩いていると煙のようなものがもくもく上がってるのが見えた。温泉でも湧き出ているのだろうか。近づいてみると、温泉まんじゅうを蒸している蒸気だった。誤解している人も多いと思うけど、世の温泉まんじゅうのほとんどは別に温泉の蒸気で蒸しているわけではない。

伊豆長岡の場合も例にたがわず、「温泉地の土産」として温泉を冠したまんじゅうを売っている。温泉まんじゅうはムードで買うものなのだから、もちろんそれで十分。それにほどよい甘さのあんを、黒糖を混ぜ合わせたこげ茶色の薄皮で包み込んだ小ぶりのまんじゅうというのは、結局万人に好まれる。土産のセンスを他人から問われずに済むのもいい。頼んでもないのに勝手にお土産審査員になる人、なんなん?

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ともあれ、寒い朝に映えるもくもくの湯気を見るのは、とても気分がいい。なんだろ、あったかい気持ちになる。例えば寒い朝に吐く、自分の白い息も。自分が空気を温めているんだって思うと、嬉しくなって、自然とあったかい気持ちにならない? 

それにまるで、白い蒸気は青空のなかの雲みたい。結局雲がないと空は寂しそうだから、日本晴れよりもどこかに雲があってほしい。


 伊豆・三津シーパラダイス(※3)行きのバスで、内浦漁港へ。

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漁港、妙に好きだ。ドラマなどでは、なぜか駆け落ちする2人の逃避行先としてたどり着くのが港町というケースが多い。そして働ける方のどちらかが、新しい生活を始めるために漁港で働くのが定番だ。海で働くたちは相手の素性や身元なんて関係なく、人柄を見て採用してくれる、ということの表れなのかな。そこから「漁港があるまち=人がいいまち」という、僕の田舎の用水路並みに浅い思考回路でできた略式は完成する。そうそう、松嶋菜々子も、豊川悦司も、かつては漁港で働いていた。もちろんドラマのなかでの話だ(※4)。海は秘密を抱えた人たちにも優しく開かれている。

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 旅先ではかならずそこから友人にハガキを出すようにしている。63円切手は常に持ち歩いていて、その土地のポストカードで送るのが流儀。メールやLINEでタダ&高速でやりとりができる時代だけど、ハガキを出す時、自分の言葉には63円の価値はあるって思うようにしている。それに、旅情感あふれる文化を大切にしたい。

ただ今回、いいポストカードがまだ見つかっていなかった。だいたいは地方の県立美術館のポストカード(※5)を買うことが多いのだけど、このエリアには県美はない。そんな時、初日に寄った三の浦総合案内所に置いてあり、これは…🤦🏻と思ってゲットしていたポストカード型DMのことを思い出した。

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イケてる。

表面に、住所とメッセージ。今、内浦の漁港にいるよって書く。漁港前の郵便局のポストに入れたけど、祝日の集荷時間は午前の1回だけ。もう過ぎていたから、付くのは明日の消印だ。大丈夫、急ぐものではないのだし。これが締め切りが当日消印有効の抽選応募ハガキだったら泣いてた。


 海なし県育ちなので、海を見ているだけで飽きない。日が暮れるごとに光や色がどんどん変わるのだから、ずっと目が離せない。

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夕日はすごい。今日という日が1日しかないということを、一瞬のうちに悟らせる。

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 18時を過ぎたらもう真っ暗で、バス停で待っている間の寂しさといったらない。なんだか永遠にバスがこないような気がしてくる。心細い(※6)って表現がぴったりすぎる、本当に細くて頼りないこの心だ。

もちろん定刻通りにバスは来て、乗客は0人だった。運転手さんもきっと、ここまでの道中、心細かったに違いない。暗くて深い夜だ。ここではそんな風に、当たり前に夜が夜らしく存在してくれて嬉しい。都会にいると忘れがちだが、これが本来の夜。それに夜に心細くなれるって、なんて健全なことだろう。そうでなくっちゃ。こういう時こそ、人間性回復のチャンス(※7)だ。

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ー私的注釈ー

※1(眠れなかった)……こういう時に『おやすみ日本 眠いいね!』(NHKの不定期深夜番組)が放送されていたら救われるのにって思う。日々、きっと誰もが“明日への不安”を抱えながら生きている。あの番組は、誰もが安心して眠れますようにという祈りだ。
※2(寝てないアピール)……ちなみにアメリカの大学の研究によると、「寝てない自慢」したくなるのは「男らしさに関する固定観念」が影響しているらしい。論文によると、睡眠不足の男性は「より男らしい」と判断される傾向にあったという。そう判断するのも、判断させるのもどちらもダサいし有害だからみんな気をつけよう。どう考えても「しっかり寝ている」ことの方が正しいと思う。
※3(伊豆・三津シーパラダイス)……2014年の日曜劇場『ごめんね青春!』は、錦戸亮と満島ひかりが教師役のクドカン脚本の学園ドラマ。第4話で生徒たちと伊豆・三津シーパラダイス (みとしー) へ行き、親睦を深める回がある。TVerが運営する媒体で、『ごめんね青春!』についてコラム記事を書いたことがあるので貼っとく
※4(もちろんドラマの話だ)……松嶋菜々子は『魔女の条件』、豊川悦司は『青い鳥』というTBSドラマで、好きな人との駆け落ちの末に、北国の港町にたどり着き、ひととき漁港で生計を立てるようになる。逃げる時ってなんで北に向かってしまうんだろう。わからないでもないけど。その時の生活はどちらも貧乏なりに慎ましくおだやかで、好きな人と一緒といられるだけで幸せというムードに包まれていた。もちろんどちらもその幸せは長く続かないのだけど、そこがドラマだ。北国の漁港でなく、温暖な静岡の漁港で働いていたら、幸せは長く続いていたのではないだろうか。

※5(県立美術館のポストカード)……何が良いって、どこも所蔵作品をプリントしたポストカードを作っているのだ。彫刻から、絵画までさまざまあり、そこの美術館の特徴が表れていておもしろい。あまり買う人がいないためか、郵便番号5桁時代のポストカードの在庫がある美術館はそれを格安で販売しているので狙い目。

※6(心細い)……なんで「心強い」の対義語は「心弱い」じゃなくて「心細い」なんだろう。なんで「心細い」の対義語は「心太い」じゃなくて「心強い」なんだろう。
※7(人間性回復のチャンス)……アーティストの島袋道浩さんの作品で「人間性回復のチャンス」と書かれた看板がある。突如まちなかでその言葉を目にしたら、人はどう思うだろうか。自身の阪神淡路大震災経験を振り返り、島袋さんは地震直後はいいこと、美しいこともあったと回想している。それは、知らない人同士が自然に声をかけあい、助け合ったこと。人間が人間を思いやったこと。でも時は経つと、そういうことも急速になくなっていく。忘れていく。だからこそ、悲しかったり寂しかったり、そういう感情が芽生えたらそれは、人間性回復のチャンスだ。



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