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三浦雨林「海の見える街」(1日目)

 こんにちは、旅人の三浦雨林です。
 演劇の演出や劇作を専門に活動しています。最近は映像などを用いたインスタレーションの演劇作品を創っています。今回の旅では、言葉・景色・音などを採集して、何か作品に出来ないかな?とふんわり計画中です。
 伊豆半島の河津町に20日から26日まで滞在します。

7:00 出発

 寝坊した。
 前日まで宮崎にいて、荷造りが終わらないまま寝てしまっていた。急いで準備して、全力でキャリーバッグを引きながら走る。渋谷駅の井の頭線からJRの乗り換え動線は今本当に最悪なことになっていて、バリアフリーのバの字も無いし、えっちらおっちらキャリーを運んでいるとおじさんにいちゃもんつけられたりして旅の早々から散々だった。いつもならしょげていた。でも、いいんだ、俺は今から海の見える街まで旅に出るんだぜ、という気持ちが生活圏のあれこれをどうでも良くさせた。
 なんとか間に合った9:30渋谷発のJR特急踊り子5号で河津に向かった。

 海が見えてくると、車内アナウンスで島の解説をしてくれていた。

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12:00 到着

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 遅延なく到着し、ホストの和田さんが迎え入れてくれた。私は今ピンクの髪をしてるのですぐわかるだろうな、と思っていたけれど、そもそも降りる人が3人くらいしかいなかった。

13:00 お昼ご飯

 和田さんにお昼ご飯は食べたかを聞かれた。寝坊していたのでお昼はおろか朝ごはんも食べていない。おすすめを聞くと、河津町には肉チャーハンというものがあるらしい。あんかけがかかっているチャーハンとのことで、かなり迷ったが、絶賛鳥酒精進中なので卵を使った料理は食べられない。チャーハンは精進後に食べることにして、今日は海鮮料理を食べることにした。吉丸というお店に入った。
 和田さんはサバの梅昆布焼き、私はトロアジの味噌焼きを頼んだ。待っている間、別のテーブルに1mくらいはありそうな竹の器に乗せられた太刀魚の塩焼きが運ばれていた。どう考えてもでかすぎる。ヤバイ。と思っていたら我々の料理も運ばれてきた。写真だと大きさが伝わらないが、こちらも手のひら4つ分くらいの大きさだった。これが最高に美味しかった。大きな料理の全てがあますところなく美味しい。そしてまぐろのお刺身やじゃこの佃煮、なんか美味しいふりかけやわかめのお味噌汁まで、なにもかも本当に美味しかった。これを読んでいるあなた、河津に来たらぜひ立ち寄ってみてください。

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 満腹になったところで、滞在のご挨拶をしにWorking Space Bagatelleに向かった。
 なんだか夢みたいな場所だった。バラの季節は終わってしまっていて、お花も寂しい感じだったけれど、不思議な魅力がある。これでバラが咲いていたらもっと夢のような場所になるんだろうな、と花のない花茎を見て想像する。河津の駅からここに来るまでも、葉っぱの一つもついていない河津桜の木々を見て、春のピンクに思いを馳せていたところだった。無い花を想像して、季節を進める(巻き戻す?)。私の体は12月にいるけれど、私の想像次第では目の前を4月にだって11月にだって出来る。無いものを想像して、目の前で起きることを補完する。演劇のことを考える。

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 バガテル公園を後にして、海で絵を描いているという同じく旅人の北林さんを覗きに行った。
 海の前で絵を描いていた北林さんは、わたしたちに気がつく前、腕組みをしたり位置を変えたりしながらその絵を見ていた。絵は描いたことないけれど、なんだかわかるような気がした。私も演劇を作っている時、そういう風にしてみんなのことを見る。俳優のことも、戯曲のことも、舞台上のことも、視点を変えて何度も何度も見返す。でも実は演出家(私)も見られている。北林さんの視線が「わかる」と思ったのは、北林さんも絵に見られながら見ている、と感じたからだった。あるいはこれを対話というのかもしれない。

 北林さんに別れを告げ、怖くて一人じゃ近づけないと思った旧天城トンネルに連れて行ってもらった。

15:00 旧天城トンネル

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 ループ橋を通って、旧天城トンネルに到着。やっぱり絶対に一人だったら引き返していただろう。
 和田さんとトンネルに入る。声も足音も、全てが反対側まで聞こえるくらい反響していた。遠くに見える反対側の出口付近からセリフを言う俳優を想像する。向こう側の表情の見えない小さな人影から、どんな言葉を反響させるのがいいだろう。旧天城トンネルは、生まれてからの116年間、どんな言葉を響かせてきたのだろう。

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 雪が積もっている!と思ったらつぶつぶの氷だった。
 
 行きで見た島の話をすると、和田さんは「あの島まで行くと東京なんだよ」と教えてくれた。伊豆と名前がついているのに、東京。
 山を降りる途中で生フルーツサンドを買った。苺・マスカルポーネというプリキュアみたいな名前のを選んだ。名前と実態が関係ないのであれば、苺・マスカルポーネも、東京の可能性がある?

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16:00 ガソリンスタンド

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  宿の鍵をもらうため、ガソリンスタンドへ。
 宿泊場所の調整がごちゃごちゃになっており、私は今日の夜、屋根の下にいるだろうか…と思いながら、ガソリンスタンドの事務所で担当の女性と話す。どうやら岡本さんという方を待つ必要があるようだった。そして女性がとった電話によると、岡本さんは今山を降りたらしい。今山を降りたってことは、もうすぐ着くはずだね、などと言いながら私・和田さん・ガソリンスタンドのお兄さん・事務所の女性の四人でただ待つ。雑談をしながら、時折「来ないね」という言葉を挟む。完全に『ゴドーを待ちながら』さながら、『岡本さんを待ちながら』だった。私と和田さんがウラジーミルとエストラゴン。電話も途中で切れるし、3回ほど車が来ても全て違う人だった。もらったコーヒーも粉なのに信じられないくらい美味しくて、ますます不条理だった。岡本さんは来た。

20:00 踊り子温泉会館

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 無事に宿の説明をしてもらい、入居が出来た。和田さんと別れ、温泉に入るため、踊り子温泉会館まで歩く。川沿いの遊歩道はずっと先まで桜の木が並んでいた。ああ、春になったらこの街はどれほど美しいのだろうと想像する。浅く穏やかな川に流れたたくさんの桃色の花びらは、このまま海まで行くのだろうか。

 温泉の中で、今日のことを反芻する。
 河津町は不思議な街だ。正直に言うと、変だ。
 鳥酒精進もどうやら期間中に食べたくなったり、忘れていてうっかり食べそうになったりするらしく、やめたければやめられるのに当たり前の風習としてこなされているし、温泉の前に行ったスーパーだって、つっかかったり間違えたりしている演奏が録音されたピアノがかかっているのに、誰一人として不審がっていない。まるで私しか聞こえていないのか?と思うくらい、誰も興味を示していなかった。これがここの当たり前。
 そう、たぶん、ここでは私が変な存在なのだ。
 この街が変なのではなくて、私が変だと思っていることが変なのだ。
 地域に馴染むというのはどういうことなのか。お湯になった私の体で、そんなことを考えていた。露天風呂に入っていると、風があたって湯気が出ている顔や手だけがはっきり存在していて、お湯の中にある方の体は、お湯に溶けてなくなっているような気がしてくる。その土地に馴染むというのは、こういうことなんじゃないか。お湯になっている部分はありつつ、個(私)になりたい時になりたい部分を自由に湯から上げられる。このバランスがうまくいけば、どんな土地でもうまく暮らしていけるんじゃないか。

 帰り道。川沿いの澄んだ12月の風の匂いを嗅ぎながら、自然を忘れてしまった東京の生活を想う。

21:00 イカ

 イカを捌いて、なんでもないソテーを作った。まあまあだった。

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0:00 布団の中

 ていうかどうしよう、明日からもこんな文字数を書くつもりなのか、書きすぎだ、と思いながら布団を敷いたら、蜘蛛がぴょんと飛び出てきた。「ああ、ごめんごめん」と人間相手のように声をかけ、ぴょんぴょん飛んでいくのを見送る。ルームメイトが出来た。


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