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松本真結子「稲取のサウンドスケープ」(まとめ)

「稲取」
その地名は、MAWに参加することが決まって初めて知った。多くの方がそうであったかもしれないけれど、コロナの流行によって、この二年間の活動エリアは埼玉ー東京間と、地元の長野県に絞られていた。地元以外の地方に滞在できたのも、コロナ以降初めてだった。
こうした状況下のなかで、ずっと心のうちにあったのは、
「海の音、その景色を全身で感じたい」ということ。

稲取についての事前リサーチは、なるべく控えた。
知識や経験のないその土地に対して、何を見つけて、何を感じるのか。その「私」に興味があったのだ。



稲取に向かう踊り子号でのこと、
ひとめ、海をみれば、
都会の喧騒も、先々の不安も、人間関係のしがらみも、身体の中から「すうーっと」退散していった。

「あぁ、からっぽになっちゃったな。」
自然を前に、身体はなんて素直なんだろう。


稲取のサウンドマップ

 外に出て歩く時、日頃から気をつけていることがある。自分の周囲に鳴る音を耳で分析することだ。(もちろん、長時間は疲れるので、集中してできる時に限るのだが)自分の周りの環境や生活にある音に意識を向けることは、視覚情報や、事物の気配が「音」とどのように関係し、私たちにどのような認識を与えてくれるのかを知るための手がかりになる。「聴こうとする」ことは、常時「聴き逃している」ことを、すでに内包している。そのような時の音を、形を変えて紡いでいくことが「作曲」だと、私は考えている。

 初めての土地、「稲取」には、どんな「音が聞こえてくるのだろう?」
音を散策する「サウンド・ウォーキング」が、今回の滞在の中心となる活動だった。特に、私の関心が強かったのは、自然界の音を聴くこと。冒頭で述べた通り、なかでも「海」に関わる音に焦点を当てた。

今回、野外録音(フィールドレコーディング)によって採集した音を、「サウンドマップ」にしてみると、下記のようになる。

スクリーンショット 2022-03-08 14.44.14

A 錆御納戸の近くの水路
B 錆御納戸のバルコニーから聞こえる雨音
志津摩海岸
竹やぶ
灯台近くから聴こえる波の音
F 龍宮神社近くの岩場の波の音
G 雛の足湯
H 稲取港の波の音
I 細野高原の山焼き

 今回、滞在したのは港近くであったこと、また海に焦点を当てていたことから、海岸近くでの活動に偏っていることが、マップから分かる。もし、みかん農園などの農地のある山間部に滞在していたら、また違った音が聴こえてきたはずだ。

サウンドスケープとは

「サウンドスケープ soundscape」とは、「音の風景」とも言い換えることができるが、聴き馴染みのない方のためにも、簡単に説明したい。
この言葉は、カナダの作曲家、環境学者、教育研究者である R. マリー・シェーファーによって提唱された概念であり、日本では、1980年に「教室の犀」(著 R. マリーシェーファー, 訳 高橋悠治)が邦訳されて以降、音楽学だけでなく、環境学、教育学の視点からも「音を聴く行為」の再解釈がされてきた。
「日本サウンドスケープ協会」のwebページの説明がわかりやすいので、一部を抜粋する。

サウンドスケープという用語とその考え方は、地球上のさまざまな時代や地域の人々が、音の世界を通じて自分たちの環境とどのような関係を取り結んでいるのか、どのような音を聞き取りそこからどのような情報等を得ているのかを問題とし、それぞれの音環境を個別の「文化的事象/音の文化」として位置づけます。したがって、サウンドスケープとは「世界を聴(聞)く行為、音の世界を体験する行為によっておのずと立ち表れてくる意味世界」であるともいえるのです。
(引用[抜粋]:http://www.soundscape-j.org/soundscape.html)

(さらに詳しく知りたい方は、こちらから↓)


 このように、音を聴く視点から、環境に対し多様な視点を与えてくれるのが「サウンドスケープ」である訳だが、今回の稲取での滞在では、環境学的というよりは、作曲家として「稲取の環境の音」を採集し、分析することが中心にあった。

目を閉じて聴くこと

サウンドマップに記した[A]-[ I ]の音の一部を、下記に公開する。

ぜひ、目を閉じて聴いてほしい。ここに挙げた音は、どれも無加工で、稲取にある「音」、それ自体だ。
ただ、目を閉じてその「音」を聴いた時に、そこから見える「景色」を想像してみてほしい。

「その時間は?、天気は?、色は?」

(プレイリストから続けて聴くことができます。)

A 錆御納戸近くの水路 


B 錆御納戸のバルコニーから聞こえる雨音


C 志津摩海岸


D 竹やぶ


E 灯台近くから聴こえる波の音


F 龍宮神社近くの岩場の波の音


G 雛の足湯


H 稲取港の波の音


I 細野高原の山焼き


終わりに、

 サウンドスケープのような「聴く」ことを中心にしたプロジェクトは、音楽アウトリーチの観点からもさまざまに展開できる。稲取の資源や漂流物などを用いた楽器制作や、地域の住民との音楽づくりなどもできるかもしれない。わずか一週間の滞在とはいえ、自然を全身で感じ、町の人との緩やかな交流を通して得たものは計り知れない。「稲取」は、もう、見知らぬ地域の名前ではない、もう一つの私の居場所なのだと思う。



今回、受け入れてくださったホストの湊庵so-anの、荒武さん、藤田さん、また、企画準備を進めてくださったアーツカウンシルしずおかの関係者さまに、深く感謝申し上げます。







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