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新造真人「マグマの速度で南下する(3日目)」

伊豆半島での滞在も3日目。体が馴染んできた。もともとの計画では今日は、下田・雲見にいる予定だった。しかし、いざ自分の体を土地まで運んでみると、伊豆半島は大きい。サイズもあるし、見どころもある。ぼくを招いてくれるなんて、懐が広い土地なのだ。それならばぼくも、じっくりと、ゆっくりと、向き合おう。半島をじっくりと巡りたい。ぽわっと下田、雲見にワープするのではなく、体のペースに合わせて半島を南下する計画に変更。

2日目の記録

1日目、2日目と同様に今日も、ゆったり。伊東駅の周辺を巡ることからはじめる。宿を出たらひとまずなぎさ公園。3日連続である。見慣れた風景には、まだ程遠いが、馴染みのある風景には近づいて来た。

何度も来ると、その日のコンディションがわかる。違いがわかる体になってきた。昨日とは、別様の風が吹いている。公園に滞在している人も違う。滞在のスタイルも違う。休む人、海に目線をやる人。走る人。今日のぼくは、彫刻に触れる人だ。3日目にもなると、3度みた同一の彫刻を、すこしづつ、少しづつではあるが、一つ一つの形を把握してくる。一度でいくつもを見てしまうと、目にした、という経験だけが先行する。心にわずかな感触を残すばかりで、体験にまで落ち着かない。細部まで観察することができない。次々にやってくるあたらしい情報に、2秒前の感触が跡形もなく流されてしまう。

だから、何度も、見る。何度も、何度も、見る。絵を描く、特にデッサンというのは、何度も対象物をみて、新しく発見し続けることで、そこにあるずっと変わらないものを読み取って行く作業だ。彫刻だって、何度も何度も、触れて、触れて、触れて。見て、見て、見て。触れて、触れて、触れて。そうやってだんだんと形が世界と共有されていく。

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たくさんの情報に出会うということは、別々の沢山のモノを見るだけではないのかもしれない。一つのモノをみて、たくさんの事実を発見することも、情報を得る手段である。情報過多と感じるときというのは、たどり着きたい、掘り進めたいところではなく、ただただ粒度のあらい情報に脳が侵されてしまっている。思考の、感動の、身動きが取れない。だから、一つの事実を何度も確認するかのように視線を与えることで、事実を拾いる。解釈を導く。妄想につながっていく。彫刻。一度触れて、その硬さをしれば、一朝一夕でこれが成ったものではないとわかる。

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目の前に広がる、彫刻。その大きさ、並べられた数。まだ見知った数が少ないからか、作り手である重岡建治さんの、思考の発展までは、まだまだ触れることができていないが、彫刻に、触れると冷たいと思うはずなのに、内側に、そして表面にすら温かみのある優しさを感じる。鉄なのに、なにか抽象的な柔らかさ、ときには、寂しさ。一人一人が抱えている孤独と、そこに他者が寄り添う可能性を感じ取ることができる。何を、どうして、このような形にしたのだろう。ぼくも、何かを掘り出してみたい。

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これは、今日の行動ログです。
嬉しかったことなども、思い出すために記録をつけます。

心が忙殺されてしまうなかで、手書きでノートを書くと、何かじぶんのなかの大切なものが救われる。元気が出てくる。生き生きする。呼吸がカラフルになる。嫌なこと、面倒なこと、日々の中にある。それに目を瞑るのではなく、何に焦点を当てたいのか。嬉しかったこと。子供のようなことだけど、天気が良かった。富士山が見れた。餃子を上手に焼けた。温泉が気持ち良かった。そういった嬉しいことが、1日の中で点在してくれていて、とても嬉しい。

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小室山を登る途中に恐竜だとか、アスレチックがありました。

明日は、船本さんと、ボーリングをして、りんかふらんかさんにいって、重岡先生にお会いする。滞在4日目にして、いよいよ、伊豆高原の中心地に足を伸ばしていく。天気がよければ、大室山にも。今日は小室山に行ったから、今度は大室。そして、明後日以降は、大室山の噴火で流れ出た溶岩でできた城ヶ崎海岸(?記憶が曖昧だが、そのようなことをどこかで読みました)にも、行く。ゆっくりと、マグマの速度で、上から下へと、進んでいきたい。

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水色の恐竜がいて、嬉しいです。水色ファイト〜〜


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