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どんな道でも「頑張ること」が正しいんだよ

 この時間からnoteを書く日はまあだいたい集中力が切れかけているし、内容もあまり浮かんでいない場合が多い。
 そういうときはWordやnote、はてなブログやドキュメントなど、各所に散った過去の執筆データをあさる。何かしらネタになるものがあれば良いと。あわよくばそのままコピペで使いまわせるものはないかと。

 Evernoteというメモアプリのごみ箱に、大学2年生の頃に書いたレポートが1つ残っていた。テーマは「大学進学を選ばなかった者の軌跡と将来像」。なるほど如何にもわたしが好きそうな題である。
 当時はまだ自分が “普通” のルートを外れるか否かさえ、何も考えていないはず。だけどそういう生き方に関心があるのは現在と変わらないようだ。

「はじめに」を読んでみたところ、文章力が今よりいくらか未熟であるので添削という名の要約をする。

 義務教育を終えて高等学校も卒業したら大学に入学。4年次で就職活動を経て正社員として社会に出る。高い学歴を携えた者ほど優位なことも明瞭だ。現在の日本社会では、それがもっとも一般的なルートである。
 その一方で、大学に進学しない、または卒業しないことを選ぶ者も一部存在しており、進路選択の幅は多様化していると考えられる。
 本研究では、あえて「大卒」の肩書を得なかった者たちに焦点を当て、彼らがどんな理由と経緯でその選択に至ったのか、その後の将来をどのように考えているのか探求したい。

 という主旨のもと、大学に進学せずバンド活動をしている知人に協力をお願いし、授業の一環としてインタビュー調査を行った。

 1時間ほど語ってもらったのだけど、今思うとあのインタビューはあまりに充実したものだった。わたし自身もハア~~と感銘を受けたし、彼もまた「自分の気持ちが整理できて良かった」と言ってくれたのを覚えている。

「どんな進路を選んでもそこで必死に頑張ったら何も関係ない」
「最善の選択ではなかったけど、自分が残してきた結果に気づいたときに初めて『これで良かったのかもしれない』と思えた」
「自分の得意なことを早いうちに見つけられていたからこれで頑張れる」
「学歴か才能のどちらかがあれば社会から必要とされる人間になれる」

 わざわざわたしの言葉で言い直すのもどうかと思ったので、レポートからそのまま引用。これでこの人、当時ハタチ。すごい。

 努力が必ず報われるとは限らないけど、頑張ることはちゃんと正しい。今の結果がまだ “最高” とはいえなくたって、ここまで残した足跡たちはちょっと踏ん張る理由にはなってくれるだろう。

 彼とはもう全然連絡をとってない。でも今もどこかで、何かしら頑張り続けてくれていたなら良いなと思う。たとえバンドを辞めていたって、それが選んだ道ならば。


 わたしがここまで残した結果。疾うに身近に存在していた得意なこと。学歴はまあぼちぼち。才能は「ある」と信じていないと身につかないし、あっても発揮できなくなる。

 大学4年になった現在、再び読めて良かったレポート第1位。書くこと浮かばずごみ箱あさったわたしグッジョブ。明日も頑張る。


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