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田舎の町の雑紀行

 こんなに開けた土地を見るのは久々だ。木枯らし色の田んぼが一面、視界を染める。細い電柱が等間隔に立ち並ぶサマも緑を落とした冬の樹みたい。奥のほうの山岳はその側面に雪の粧しを残している。
 空はほんのり眩しくて、一車線の道路に落ちる日陰の境もくっきりしていた。そのおかげなのか低い気温も寒くない。鼻孔を抜ける真冬の大気は心も身体も濾過して流れる。

 来春再婚する母は、実家の弟たちと一緒にあの田舎町へ引っ越すらしい。周りの景色とあまり馴染まない大きな新居をドンと構えて。
 道路の脇では駆ける子どもの看板が「飛び出し注意」を示していたが、そもそも付近に子どもが住まう気配もない。稀にしか走り抜けない自動車も、そんな上手いこと通行人を撥ねてしまうとは思えなかった。

 もしもわたしが運転免許を持っていたなら、あるいは取得の予定があれば、卒業した後あそこに住むのを選んでいたのかもしれない。だけどあいにく持っていないし予定もない。
 少し遠出の移動時間は後部座席に乗せてもらうなり吊り革を握るなりしながら、ぼうっと考え事をするのが好きだから。後ろにすっ飛ぶ外の景色をじいっと眺めていつの間にか微睡むような午後が好き。

 引っ越す場所は最寄り駅まで車に乗って30分だと聞いている。夜になっても人工的なナイトビューなどどう頑張っても見えやしない。だけど代わりにそこそこ綺麗な星が見られる。
 わたしはオリオン座も好きだ。冬に夜空を見上げると迷わず見つかる七つ星。それを観るとき、北極星にはきっと背中を向けている。もう住み慣れた都会の街ではこんなにハッキリ見えただろうか。帰りの電車の窓に貼りつくプラネタリウムの広告だけなら妙に記憶に残っている。

 生まれ故郷でもずっと住み慣れた家でもないのに、次の春からわたしの“帰省”はあの田舎町に聳える新居になるんだな。まったく、昔の友だち1人に会いにいくのもひと苦労。「お願いします」と頭を下げて最寄り駅まで送迎してもらわなくては。
 だけどまだ見ぬ春、夏、秋は、どんな色づきをするのだろう。木枯らし色をしていた田んぼ、母が庭先に植えた花、斜陽の彩度と山の表情。冬のオリオン以外にもいろんな星座が分かるようになるかもしれない。

 また悠々と帰れることを、どうか祈って。


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