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ただやわらかな湿度を添えて

 友愛でも恋愛でもない “とくべつ” は、やはり存在しうると思う。

 それは決して「好きかどうか分からない」みたいな微妙な気持ちでもなく、「友だち以上恋人未満」なんて安っぽい名前をつけておくべきものでもない。
 相手が同性なのか異性なのかは定めず書く。ただひとりの人間として、特定の誰かが友愛でも恋愛でもない “とくべつ” になることはある。

 たぶん経験する人のほうが圧倒的に少ないだろう。それほど未確認で、広辞苑にも載らないような感情だ。強いて言うなら広義の「愛」に近いもの。
 友愛がわずかに火照り、そしてひっそり湿っている。叶える必要がない永遠の片想い。“とくべつ” なんだと伝えなくても、この感情が自分の中にただ在るだけで良いと思う。

 何でもかんでも既存の語彙と結びつけ、ひとつの形に定義しなくて済むよう「エモい」が普及した。でももうずいぶん使い古され、ついに「エモい」も広辞苑に載ってしまう。

 だから名前を持たないものは、名のないままでいてほしい。そこらの言葉で表現できない “とくべつ” を入れる「   」なんて新語もいらない。
 友愛でも恋愛でもないあの感情は、身をもち経験した人間にしか理解できない、神話のようであれば良いのだ。

 それらが終いれば物書きなんてやっていたって意味がない。
 だけど言語は「そうだなあれも言い表そう」と発展するから、負けないように、わたしの中の “とくべつ” をいつも探しながらに生きている。


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