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幻想小説 幻視世界の天使たち 第15話

日本の大学生二人がユースフの研究室を訪問した頃、大学の辺りでは異変が起きていた。その日は朝から一点の曇りもない晴天であったが、数カ所で専門家がスーパーセルと呼ぶ異常な気象現象が起きた。それはこの地方では、昔からしばしば発生し住民たちを脅かした巨大竜巻だった。
竜巻は大学の周りの田園や街中で発生し、すさまじい雷鳴と上昇気流を伴いいくつもの建物を破壊した。大学においては、キャンパス内の数か所で突風が起き、幾つかの部屋の窓を割り、その内部までもめちゃくちゃに壊した。建物の内部では衝撃で倒れかってきた本棚や破れた窓ガラスでけが人や気を失う者が続出した。そのおかげで、ミカがユースフの研究室での異変を告げに大学の管理部に走り助けを求めた際に、何も訝しがられずに済んだ。
大学職員が大学病院の医者と駆けつけた時には、すでに日本人の男子大学生によってある程度片づけられた部屋に、部屋の主人の教授と大柄な外国人が床に寝かされているのを発見した。倒れていた二人のうち、外国人は何かのショックで気を失っていたようで、病院に搬送されて少し経つと無事息を吹き返した。しかし、数時間後に誰にも断らず病院から抜け出してしまった。その日てんやわんやの事態に陥っていた病院では誰もそのことに気をとめなかった。
ユースフの方もパニックとなり身体に変調をきたしていたようであったが、病院に運ばれてすぐに意識を取り戻したので、簡単な検査を受けた後ベッドに寝かされていた。それ以来眠りについていたが、篠原ミカと北悟志がベッドサイドで見守る中で目を覚ました。
ユースフは目が覚めた後しばらく、二人の方を見ていたがやがてミカの方を見て言った。「君がピジョンか――助けてくれてありがとう」
ミカは優しく微笑んで頷いた。
「無事帰って来て頂いてよかったです。体に障りますのであまり喋らないでください」
ユースフも少し微笑んで頷いた。
「それにしても、凄い偶然だな。この竜巻が起きた時、私もスーパーセルが起こる幻想を見ていたのだよ。それが現実に起こっていたとは。ああ、それにしてもボイド、いやアルバトロスはいなくなってしまったようだね」
「そうですね。聞きたいことが一杯あったのに」
「そうなのだ、私も聞きたいことが。でも、もういいか。ああ、それから君が飲ませてくれたのは何かな。ジャパニーズ・ティーのように思えたが」
「ああそうです。あれは日本のグリーン・ティーです。そう解毒剤となる青い植物の葉と連絡したのですが、あ、ピジョンがですが。あれは私の祖父のお寺から出て来た古文書にあったもので……」
「へー、君のおじいさんは僧侶なのか」
「そうなんです。その古文書に、モンゴル帝国軍の襲来の際に、魂が無くなってしまったモンゴルの兵士に飲ませて回復させた薬のことが書いてあって、青と書いてあったのですが、後でこれって緑のことだと気が付いて緑茶ではないかと思い、取り敢えず持ってきたんです。ボイドさんはウリグシク高原にのみ咲く青い花の植物モビイグラが解毒剤と考えていたようですが」
「ああそうなのか。あとあの鏡のことはピジョンの手紙には触れていなかったがあれは一体何だったろうね」
「あの鏡は、どうやら心の中にあるものを幻視するためのコントローラーとモニターの役割を果たすらしいのです。アリシェロフ教授から頂いた古文書の資料の中にも触れられていましたね。そして、あの鏡を見続けると幻視が強化されるようなのです。アルバトロスはそのことに気が付いて、ロンドンのどこかの骨董品店であの鏡を調達してきたようです。私はあの鏡があるとそれを見ている人の意識が異常に混濁する可能性があると考え、敢えて触れないでいたのですが。実験後、アルバトロスは鏡とともに消えてしまいました。病院から抜け出して実験室に置きっぱなしにしてあった鏡を大急ぎで持ち去ったようです。あの鏡が一体どこから来たものか聞きたかったのですが」
「アルバトロスか。どうやら、彼は身を隠してしまったようだな」
そういうとユースフは深くため息をついた。これで百万ドルも手に入らないかも知れない。いずれにしても、もうあの恐ろしい幻視には近寄らないようにしよう。海外で最新の治療を受けられなければ、ジンの病気は治らないかも知れない。そうであっても彼を見守りながら、できる限りの治療を施そう。ユースフは幻視の中でジンと会ったことで何となくまた本当に元気なジンに会える気がしていた。
その時、個室の病室を開けて女性看護師が入ってきた。彼女はジンが収容されている病棟担当の看護師でユーフスとは顔見知りだった。彼女はニコニコとして言った。
「ユースフさん、すばらしいニュースがありますよ」
ユースフは寝ていたベッドから急いで上体を起こし看護婦の方を見た。そして看護師の白衣の後ろに恥ずかしそうに隠れているジンの姿が目に飛び込んで来た。ジンはユースフに近寄って言った。
「パパ。治してくれてありがとう」
ユースフは両手を広げてジンを抱いた。何か言おうとしたが不意に両目に涙が溢れて来て、うんうんと頷くのが精いっぱいだった。

その晩、日本では夜のニュースショーで博多湾での時期外れの竜巻についての報道がされていた。女性キャスターが記事を読んだ。
「本日午後三時ごろ、博多湾で大きな竜巻が発生して当時湾に停泊していた船のマストが折れるなどの被害が発生しました。気象関係者の話では、このあたりで過去竜巻が発生したという記録は無いが、このところの異常気象の影響で不安定となった気圧の急激な変化によってよってもたらされたものではないかと言う事です。この竜巻での死者やけが人はありませんでした。」
そのニュースを受けて、コメンテーターの大学教授が言った。
「最近、世界的異常気象のためか、世界各地でこのような災害が発生しているようですね。先ほど、ちょうど同じころ中央アジアのウリグシク共和国でも前触れなく、大きな竜巻が発生して近くの大学の校舎を壊したというニュースがありましたね。人類の自然破壊に対する警鐘と捉えるべきでしょう」
そして、少し間を開けて続けた。
「まあ、しかし最近は何でも異常気象で片付け過ぎかとも思いますが」
女性キャスターはカメラに向かって微笑み次のニュースを読み始めた。    

(最初のエピソードの終わり)
この第15話で主に中央アジアを舞台にした「幻視世界の天使たち」の最初のエピソードは終わりです。
次のエピソードはこの時から何年か後、最初の世代の主人公たちより年下の妹や弟たちがさらに幻視の謎と向き合い活躍。舞台は鎌倉から始まります。
引き続きお楽しみください。

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