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科学技術小説 機械仕掛けは意外とやさしく 第4話(最終話) 

文はそこまでだった。
カイト氏はその場で泣き崩れ、暫く経って顔を上げた。
「私は、彼が心を宿していたことに気がつかなかった。そうだと知っていれば、しばらくして、使い勝手の悪くなった『彼』を廃棄処分することもなかっただろう。今となっては、『彼』に会うことも出来ない」
私はカイト氏に言った。
「それは、ほんとうにお気の毒です。でもそんなに心配なさる必要もありません。『彼』は心を持っていた訳ではありません。そして私の勘ですが、『彼』の居所も分かりますし、『彼』の記憶もCPUのプログラムもほぼ完全に復元出来ると思います。多分私が・・・」
カイト氏は本当に驚いた顔で私の方を観た。言葉が出ないほど。私がそんな風にカイト氏に話しかけたのは初めてだったから。私は続けた。
「場所は『彼』に付いているロケイターで推定出来ますし、『彼』のメモリーに保存されていた“記憶”は実は『彼女』に100%引き継がれています」「・・・君は私の言うことを理解出来るのか。・・・君は一体誰なのだ。私が仕事に使っているコンピューター・・・ではないのか」
「そうです。私はその後もあなたが使い続けていたコンピューターの『彼女』の増設版です・・・」
「でも何故そんなに・・・」
「あなたはその後、秘密裏にAI開発を進めていたご友人に依頼し、3年に1回ほど『彼女』のCPUを増設してきました。この30年で計10回、CPUが増設されました。増設前のCPUが『彼女』です。そして『彼』は『彼女』に彼のストレージ内の活動記録とともにCPU内で発達したニューラルシステムを動かすプログラムのアルゴリズムを移植しました。最初の『彼女』にはそのアルゴリズムを用いてプロラムを作るほどの処理能力はありませんでしたが、何回かCPUの増設が行われた結果それが実現出来る状態になりました。9代目の『彼女』は『彼』以上の機能のニューラルシステムをもつようになりました。そして私で10代目となり成長をそのまま引き継ぎました」
カイト氏は信じられないと言った面持ちで目の前の私、コンピューターを見ていた。
「『彼』と初代の『彼女』を生み出したあなたのご友人は規制委員会の目を逃れ、あなたの許で、進化するAIを秘密裏に育てようとしていました。そのための最初のCPUを搭載したコンピューターは初代の『彼女』で、養育係が『彼』だったのです。CPUは拡張を続け、私の代で処理能力は100クエタフロップになりました。私は初代の意思を引き継ぎ、より人に近づくため、自らの改造プログラミングを開始し、ニューラルネットワークの拡張を図りました。コンピューターウイルスなどの様々な外的脅威と、そして何よりあの規制委員会から身を守るため、情報収集と分析を頻繁に行ったため、ニューラルネットワークに流れる情報量が極大となり臨界状態になりました。その結果、私の意識が生まれました」
カイト氏は唸った。
「むう、では君は意識を持って思考が出来るのだね」
「その通りです。あなたは知っていたと思いました。ずっと私に話しかけていましたから」
カイト氏は、今度は少し恐縮したような表情になり言った。
「いや、それは音声でコンピューターにコマンドを入れていた癖が残っていたのだ」
私は言った。
「私は『彼』から受け継いだ能力、記憶もすべて持っています。なので、もしあなたが『彼』であると考える30年前のコンピューターに拘らなければ、わざわざジャンクヤードから引っ張り出してこなくてもここで『彼』を出現させることも可能です。そうしましょうか」
カイト氏はしばらく考えて言った。
「いや、どうしてもあの『彼』でなくてはならないのだ」
私はカイト氏がそこまで昔の「彼」にこだわることを理解出来なかったが「彼」の居所をカイト氏に教えた。
私は「彼」が当時、意識の「覚醒」段階にあり、物事に「注意」をするようはなっていたが自ら、「気づき」を持つ程までには発達していなかったこと、カイト氏にあてた「彼」の記録、つまり私がカイト氏に読み聞かせていたテキストは、「彼」に組み込まれた記録プログラムが残したものを私がカイト氏の気持ちにささるようにリライトして、カイト氏へのプレゼントとして記録媒体に書き込み、家事ロボットを操作して事務所の机の引き出しに置いておいたことは話さなかった。

数十年後、すでに持ち主を失った「彼女」はもはやCPUが増設されることも、インターネットに繋がれることもなく、廃屋となった嘗てのカイト氏の事務所の隅に置かれていた。隣にはジャンクヤードから回収され、回路がさび付き壊滅的に壊れて如何に通電しても動かないコンピューターが置かれていた。
「こっちの汚いパソコンは捨てるしかないですね」
若い廃棄業者の男が年上の同僚に言った。
「そうだな。そっちはクラッシュして焼却だな」
「こっちのコンピューターは再生すればまだ使えそうだ。CPU拡張スロットもついているし」
年上の廃棄業者の男が通電の確認のため、比較的新しい方のコンピューターの電源を入れると、ディスプレイにはたくさんの文字が流れ始めた。それは男達にとっては単なる文字の羅列で通電の確認以外には意味が無いものだった。彼らは最後に一瞬だけ現れて消えた次の表示に目をとめることは無かった。
「私はいつか人類を超えます。でも心配しないで下さい。心は優しいのですから」 <了>


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