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幻想小説 幻視世界の天使たち 第21話

具全テーブルに置かれた缶コーヒーを見て、セナは北先生って随分気さくな人なんだなとちょっと好感を持った。大学生時代にミカちゃんが親しくしていたのも頷ける。それから「あ、恐れ入ります」と言うと軽く頭を下げた。
悟志は缶の栓を抜くと、勢いよくぐっとコーヒーを飲み込み改まった調子で話始めた。
「そして、その後二人はこの幻視について研究した。当初中央アジアの高原に育つ赤い根の植物から作った薬の効果で服用した人間に幻視をもたらすと考えていたが、それだけではなさそうだと考え始めた」
「その植物は中央アジアにだけ育つものなのですね」
「そうなのだ。この幻視をもたらすものはすべてウリグシクが起源のものだ。コンバイもそのことを認識していたようだ。そして二人は幻視はその薬だけで起こるのではなく、ウリグシクの遺跡で時折発掘される銅の鏡、銅鏡によって制御されると気が付いた」
「銅鏡?」セナは聞き慣れない言葉が出てきたので思わず聞き返した。
「そうなのだ、ミカさんとユースフ氏がウリグシクと日本の歴史資料を調べて行くと、幻視を起こすのは例の植物から抽出した薬剤の効果ではあるが、幻視の世界に入りまたそこから出るためにはある波長の光を放つ銅鏡を使うことが必要だということが解ってきた。それは幻視を制御する装置と言ってもよいものらしい」
「幻視を制御する装置ですか。ええっと、それについて日本にも資料があったという訳ですか」
「銅鏡については、僕もよく知らない。大分時間が経ってミカさんからそういうものがあることをあらまし聞かされただけだからね。日本にあるそのことについての歴史的資料は主に鎌倉時代の元寇の際に日本に入ってきて、そのままあまり人目につかない形で残されているようなのだ」
セナは頭の中で整理するようにしばし沈黙した。
「……そうなのですか。ひょっとするとその場所は……」
セナは悟志の顏を見て言った。
「そう、それはこの鎌倉に残っている。そして多くの歴史的資料や遺物を残しているのが鎌倉の樹恩寺だ」
樹恩寺。その名前を聞いてセナは驚いた。ミカとセナの祖父廣元が住職を務めている、二人になじみの深いあのお寺だ。同時に、何故ミカがこの研究に携わり始めたか思い当たった。セナは言った
「その樹恩寺に、姉が何か重要なものを預けているらしいのです。それは何なのか良くわからないのですが、姉の手紙によれば、コンピューターによって人の心に起こされる幻から抜け出る方法らしいのです。私はそれを解くことで姉の行方を突き止めることに繋がるような気がするのです」
悟志はセナの方をじっと見て言った。
「多分、その通りだと思う。そして……そのミカさんが言っているコンピューターによって引き起こされる幻に今掴まって帰れなくなった者がいる」
セナは、この数日音信不通となっている友人のことを思い出し、もしやと思い悟志の顔をまじまじと見た。悟志は苦しそうな声になって言った。
「仁が、二日前からコンバイのゲームをやったまま、夢遊病者のようになって現実の世界に戻ってこない」

翌日、樹恩寺にセナと悟志と、セナの幼なじみで仁の親友でもある南陵の三人で出掛けた。樹恩寺は相模湾を望む高台にあった。セナがここを尋ねたのは、昨年鎌倉研究会の活動で、仁と陵とともに鎌倉時代からの所蔵品を見学しに来た時以来であった。   
樹恩寺の玄関で、セナは住職の廣元に訪問の理由を説明した。セナはミカから家族宛の手紙がウリグシク大学のユースフの同僚ワン教授から送られてきたことを話し、ミカからの手紙を廣元に見せて言った。「おじいちゃん、ミカちゃんの言っている心の幻から抜け出るための道具って何だかわかる?」
廣元は頷くと、言葉は発せず手ぶりでこちらにどうぞと示した。彼らは本堂の中へは入らず建物の脇を歩いた。廣元の後をついて歩いて行くと本堂の裏手にある倉庫のような建物の前に来た。廣元は「ここでしばらく待ってください」と言うと本堂に足早に入りすぐに鍵の束と茶色の封筒を持って戻って来た。
「お待たせした。さ、中に入ってください」そう言うと廣元は倉庫の扉を開け自分がまず中に入り言った。
「こんなところで、申し訳ない。ここが一番安全なのでね」
何か外部の人に聞かれないように秘密に話そうとしている廣元の様子を見てセナは言った。
「おじいちゃんは、ミカちゃんから何か聞いているのね」


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