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BL好きが「多様な価値観」を考えてみた

 『チェリまほ(30歳まで童貞だと魔法使いになれるらしい)』にハマり、主演の赤楚衛二君の写真集を値段も見ずに買ったみっこです。税抜き2500円でした。写真のやつです。
 その『チェリまほ』は、pixivコミックの連載が原作のBL (ボーイズラブ)作品です。『おっさんずラブ』や『きのう何食べた?』など、最近よく目にするBL作品ですが、市民権を得たのはここ2、3年ではないでしょうか。(そもそもBL作品の大多数を占めるのが二次創作や同人誌で、メインカルチャーになりにくかった部分もあると思いますが。)
そんなわけで、かつてはBLや"腐女子"を懐疑的な目で見ていた私ですが、今やBLビジネスの池にお金を落とし続けています。
 しかし私は、BL市場が拡大したからといって「LGBT+が認められつつある」とは思えないのです。そこで、今回のnoteでは、「BLを見るからにはLGBT+のことも考えなきゃいけない!」と思っていた時期に考えていたことを書きたいな〜と思います。

◆そもそもBLの何がいいの?

 そもそも、何ゆえBLが良いのか?という疑問ですが、BLにキュンキュンする理由として「主人公の中性化」と「ギャップ萌え」があると思います。

 近年の主人公は「強くかっこよくあるべき=男らしい」存在から「非力で弱くてもいい」存在へと移行しつつあります。例えば、現在大ヒット中の『鬼滅の刃』の主人公である竈門炭治郎は、目が真ん丸で声も高く何より泣き虫です。それにより、主人公に共感しやすくなっただけでなく「可愛い」という目で見ることができるようになり、結果として「ジェンダーに縛られない自由な世界」を作ることができると思います。やや論理が飛躍しているように見えますが、詳しく書くとめっちゃ長くなるので止めます。


 また、男女間の恋愛は一般的に「男性が行動する(=攻め)」「女性が待つ(=受け)」という印象を持たれていますが、BLではその"攻守"を自由に逆転させられるため、攻めの意外なかっこよさと受けの意外な可愛さ、つまりギャップを感じ、腐女子たちはそこに悶えているように思います。

◆まとめ

 結論として何が言いたいかと言うと、BLはLGBT+とはそんなに関係ないということです。BLの描き方とLGBT+を題材にした作品は、目指す方向が全く違うからです。
 BLをはじめとした二次創作の作者さんたちは以前から「不快な人がいる」ことや「あくまで原作の設定を借りている」ことを把握し、懐疑的な意見を持つ人たちに最大限配慮しながら投稿しています。ハッシュタグをつけたり、直接的な表記を避けたりして、嫌な人が避けられる工夫をしています。それは彼ら彼女らの目的は「LGBT+の価値観の容認を促進すること」ではないからではないでしょうか。
 昨年の紅白で大々的にレインボーフラッグが映し出されたように、最近のテレビでは「LGBT+を認める」ムーブが盛んに行われています。去年の紅白の動きを見た瞬間はそれを高く評価していた私ですが、その後クリスチャンの人とそのことについて話してからは、私達はもっと「多様な価値観を"押し付ける"」ことに敏感になるべきだと思うようになりました。(クリスチャンは宗教上の理由から同性愛に対して慎重な意見を持っている人が多いです。)


 テレビや映画などの大きな市場が、BLと多様な価値観とを混同し、双方の当事者に対して不敬な発信の仕方をしないように、敬意と配慮のある放送をしていただきたいなと感じます。

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