コロナに1回感染しないと、ワクチンの感染予防効果は発揮されないのではないか、という論文

ちょっと面白い論文を紹介します。今まで謎だったことが、少し解けたような気がします。
ネイチャー・コミュニケーションズ(ネイチャーの関連媒体)に載った論文で、著者は米マウント・サイナイ大学の研究者らです。

●SARS-CoV-2 vaccination induces mucosal antibody responses in previously infected individuals 2022/09/01
https://www.nature.com/articles/s41467-022-32389-8

現行のコロナワクチンは筋肉注射で体内に入れるので、血液中に抗体(液性免疫)ができますが、新型コロナウイルスは鼻や喉の奥の粘膜で増殖して、そこから血中に入っていくので、血中に入った時点で、初めてワクチンの抗体に捕捉されるわけです。血中の抗体は鼻や喉の奥の粘膜にほとんど届かないから、粘膜でのウイルス増殖をあまり防げません。だから、どうして感染を予防する効果があるのか、本当はないんじゃないかと疑われてきました。

で、この研究チームは何を調べたかというと、ワクチンを打ったあとの血中の抗体だけでなく、唾液中にできる抗体(粘膜のIgA抗体)を計測しています。それも、過去に武漢株のウイルスに感染した経験のある人がワクチンを打った場合と、未感染の人がワクチンを打った場合を比較しています。つまり、既感染者と未感染者で、それぞれ血中と粘膜の抗体を測定したということです。

論文にあった結果の画像を下に貼り付けましたが、左列が「血清陽性(既感染者)」で、右列が「血清陰性(未感染者)」です。上段が「血液中のIgG抗体価」、中段が「唾液中(粘膜)のIgG抗体価」、下段が「唾液中(粘膜)のIgA抗体」となっています。縦軸は抗体価、横軸は時間軸で、注射のアイコンがついているのはワクチン2回接種の時期です。

まず上段から見ていきます。この血液中IgG抗体というのは、「ワクチンで抗体価が上がる」という話で出てくる抗体のことです。メディアで抗体の話が出てきたときは、たいていこれのことです。既感染者と未感染者では、ワクチンを2回打ったあと、前者の方がIgG抗体価が上がり、長続きしていますが、未感染者でもそこそこ上がっています(このグラフは縦軸の途中をはしょっているので注意)。既感染者は武漢ウイルスの免疫記憶があるので、抗体価が高くなるわけですが、血中にワクチンのmRNAが入っていくので、未感染者でも血中の抗体はそこそこ上がるわけです。

次に中段です。唾液中のIgG抗体というのは、血液中のIgG抗体が粘膜に沁みだしてきたものと考えられます。沁みだしてきたものなので、やはり血中の抗体価が高い既感染者のほうが、未感染者よりも高い数値が出ています。ここで注意したいのは、グラフの縦軸のスケールです。上段は「60000」となっていますが、中段は「600」です。つまり、100分の1のスケールで、ごくわずかしか出ていないということです。未感染の場合、本当に少ない。

最後に下段です。IgA抗体は粘膜でできる抗体で、既感染者はかなりの量が出てきますが、未感染者ではほとんど出ていません。どうしてこんな差が出るのかというと、既感染者の場合、鼻や喉の奥の粘膜で増殖したウイルスと戦うというプロセスを経験していて、それが免疫記憶として残っているため、ワクチンを接種すると免疫記憶が刺激され、血中のIgG抗体だけでなく、粘膜のIgA抗体もただちに産生されると考えられるからです。粘膜にウイルスがくっついたわけではなく、血中にワクチンが入っただけで、粘膜の抗体まで上がるんですよ。人間の体ってすごいですね。一方の未感染者の場合、粘膜でのウイルスとの攻防というプロセスを経験していないので、ワクチンを打っても粘膜のIgA抗体はほとんど上がらないわけです。

ここから何が言えるのかというと、1回コロナに感染しないと、ワクチンを打っても感染予防の効果はあんまり期待できないということですね。粘膜でのウイルス増殖を1回経験していないと、粘膜の抗体を上げられない。血中のIgG抗体は上がるので重症化を予防する効果は得られますが。

この論文の「考察」には以下のような記述があります。

「オミクロン株以前の時代、縦断的観察研究(PARIS)の参加者のうち、ワクチン接種後のブレークスルー感染例は、ワクチン接種前にSARS-CoV-2感染がなかった人でのみ確認されており、ワクチン接種前にSARS-CoV-2感染があった人では確認されていない(私信、データは未発表)」

ブレークスルー感染した人は、みな未感染でワクチン接種した人ばかりで、既感染でワクチン接種した人でブレークスルー感染した例は確認されていないと言っています。自然感染による免疫はやはり強力ですね。

そうなるとですね、ファイザーやモデルナは当初、ワクチンの感染予防効果は95%くらいだと言っていましたが、もしかして、臨床試験の対象者のなかにはけっこう既感染者が含まれていたんじゃないかと疑ってしまいます。無症状の人でも、鼻や喉の奥の粘膜でウイルスとの攻防は起きているはずですからね。PCR検査で陽性者は除外したでしょうが、血清まで調べていたのかどうか。
あと、アメリカやイギリス、イスラエルのように感染者がめちゃくちゃ多かった国と、少ない国ではワクチンの効果に差が出てくる可能性があります。台湾とかニュージーランドとか、ゼロコロナだった国では、ワクチン接種を進めても感染予防効果はほとんどなかったのかもしれません。

ただ、グラフを見ると粘膜のIgA抗体も時間が経つと下がっています(既感染者の血中抗体は一定のレベルを保ってあまり下がらないみたいですが)。コロナウイルスは変異していくので、いずれ抗体は回避されます。感染予防効果と言っても、一時的なものだろうと思います。長期的な重症化予防効果は、細胞性免疫のほうが大事で、そっちを見ないとわからないみたいですけどね。


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