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13 王国半分と美しい姫君をつかわそう(文化)

菅寿美(『ボヘミアの森と川 そして魚たちとぼく』訳者)

「けれど、粉屋がすでにあいつを釣り上げてはいないかしら? だって、あんなに笑ってぼくに叫んだじゃないか、何でも、釣った物はお前さんのものだ、お前さんのものなんだよって。何かを付け加えてやるぞ、と叫んではいなかったかしら? もしかしたら、“水車小屋の半分と自分の美しい娘を”とは」(「ドロウハー・ミーレ」より、p.58)

チェコのおとぎ話では、困難に直面した王様が、それを解決してくれる勇者が現れれば、彼に自分の王国半分と美しい姫君とをつかわそうとお触れを出す展開がみられる。子供向けの物語をいくつも書き残したチェコの女性作家、ボジェナ・ニェムツォヴァー(Božena Němcová、1820年生―1862年没)の作品から、そのような話をひとつご紹介しよう。


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魔法をかけられた三匹の犬のお話

 貧乏な農夫が死んだとき、息子のヴィーテクは23歳、その妹は20歳だった。ヴィーテクは三頭の羊を受け継いだが、それを三匹の犬、ラーメイ、トゥルヘイ、ポゾル(それぞれ、咬み砕け!、引き裂け!、注意しろ!の意味)と交換してしまう。ラーメイは50人の人間を一度に噛み千切ることができ、トゥルヘイは100人の人間を一度に引き裂くことができ、ポゾルはすべてに注意を払って危機を察知し、飼い主を助けてくれるのだそうな。
 ヴィーテクが犬を連れて妹とともに放浪していると、ガラスの玄関がついた丘にたどり着いた。中には老婆がいて、ここは盗賊たちの住処でお前たちは殺されるぞと脅す。ヴィーテクは犬たちに盗賊たちを咬み殺させたが、首領は死人を生き返らせる塗り薬を使い、密かに生き延びた。首領は、老婆と彼女が丸め込んだヴィーテクの妹とを使って犬たちを追い払い、ヴィーテクを殺してしまおうとする。しかし間一髪で犬を呼び戻せたヴィーテクにより返り討ちにあい、首領と老婆は殺された。ヴィーテクは不誠実な妹を置いて、犬たちと出て行った。
 ヴィーテクが“黒い森”を抜けてさらに歩いていると、家々に黒いラシャが掛けられている町に出た。噂によると、ある日どこからともなく現れた悪い竜が人々を苦しめており、それを追い出すには王の一人娘を生贄として竜に差し出さねばならず、今日がまさにその日だということだった。苦悩した王は、もしも竜を退治して姫君を救い出せるものがいれば、その勇者に姫を妻として与え、さらに王国半分をもつかわそうというお触れを出していた。ヴィーテクは犬とともに九つの頭を持ち毒を吐く凶暴な竜を倒し、姫君を救い出した。ヴィーテクには約束された報酬を受け取る権利があったが、彼はそれを受けるにふさわしい人物になるためにさらに修行を積むことを望み、一年と一日待ってほしいと言い残して、姫君のもとから立ち去った。
 それを見ていたのが姫君を乗せてきた馬車の御者ボルシュで、彼は姫を脅し、救い主に成りすまそうとする。
ヴィーテクは世界をあまねく歩き、人助けをし、金を儲け、従者を手に入れた。約束の日が近い今、彼は不思議な白い鳩から、御者が王や民を欺いて姫君の夫になろうとしていることを聞き知ったが、ここから彼の王国まではまだ遠かった。そこで彼は姫君のもとにポゾルを送り出して婚儀をもう三日だけ延期させようとした。ポゾルがヴィーテクからの使者だと気づいた姫は婚儀を延期させ、婚礼の日にヴィーテクは王国に到着し、殺したあの竜の九枚の舌を披露して自分こそが救い主であることを証明する。不埒な御者は四つ裂きにされた。
 姫君と結ばれたヴィーテクのもとに再び白い鳩が現れ、彼の妹が死の床に就いていると伝えた。裏切りものの妹ではあったが、病に侵されていると聞けば放っておくこともできず、また姫君の勧めもあり、ヴィーテクは妹を城に呼び寄せることにした。兄の申し出に妹は喜んで見せたものの、心の底では自分を置き去りにした兄を恨み、また兄の出世を妬み、ついには彼を殺してしまおうとした。兄のベッドに長い剣を仕込み、飛び込めば、貫かれて死ぬように細工した。それを察知した犬たちがヴィーテクを眠らせないようにしようとしたが、とうとう彼はベッドに飛び込み、死んでしまった。
 ポゾルは、かつて盗賊の首領が隠していた、どんな傷でも治してしまう塗り薬を取ってきてヴィーテクに塗り、彼は生き返る。妹は犬たちに引き裂かれて殺された。
 その日、ポゾルが人の言葉でヴィーテクに話しかけた。自分たちの頭を切り落としてほしい、と。彼ら三匹はもともと人間で、三王子だったのだが、悪に仕えて民を苦しめたため、天罰が下った。三人とも急死すると、その魂が犬の体に入ってしまったのだ。救われるためには、三人の善良な人たちを助け、三つの悪を滅ぼさねばならなかった。ヴィーテクを助けることで、ついにその責務は完遂される。ついては、自分たちの首を落としてほしいとのことなのだ。
 ヴィーテクは驚き、ためらっていたが、とうとう剣を取ると、三つの首を落とした。それぞれの首から鳩が出てきてヴィーテクの頭上を旋回すると雲の上へと消えていった。

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