14 ことば遊び(チェコ語)
菅寿美(『ボヘミアの森と川 そして魚たちとぼく』訳者)
チェコ語の発音は日本語話者にとって簡単だと言われることが多い。母音が日本語と同じく5つであることに加えて、子音は日本語からそれほどかけ離れていないように感じられるからかもしれない(もちろん、厳密には違うのだけれど)。そんな、比較的親近感を覚える子音群のなかにあって、ひとり異彩を放つのが ř (エシュ)だ。
ř の文字はチェコ語のみならず、シレジア語や上ソルブ語でも使用されているが、発音は異なるようだ。チェコ語の ř の音はとても発音しにくいことで有名である。入門書では「巻き舌の r の音とジュあるいはシュという摩擦音を同時に発する」と説明されるが、そう説明されても入門者は面食らうばかりかもしれない。音楽ドヴォジャーク、かつてはドヴォルザークとカタカナ書きされていた彼の名前は、チェコ語では Dvořák と綴り、「ジャー」あるいは「ルザー」の音の子音部分が ř の音である。
この ř の音、チェコに住んでいれば自然と発音できるようになるというものでもないらしい。というのは、チェコで生まれ育った子供のなかにさえ、発音を習得できず、訓練教室に通うものがいるからだ。チェコ語を母語とする子供ですらそうなのだ、外国でチェコ語を学ぶ入門者たちが目を白黒させながら、発音できているのかできていないのかわからないまま、ジュジュジュジュ…と練習せざるを得ないのは、致し方ないことだろう。
それゆえ、チェコには ř をたっぷり含んだ練習文がいくつも準備されている。
* * * * * 【 ř の発音練習例】 * * * * *
1. Tři tisíce tři sta třicet tři stříbrných stříkaček stříkalo přes tři tisíce tři sta třicet tři stříbrných střech.
<発音> トシ チシーツェ トシ スタ トシツェット トシ ストゥシーブルニーフ ストゥシーカチェク ストゥシーカロ プシェス トシ チシーツェ トシ スタ トシツェット トシ ストゥシーブルニーフ ストゥシェフ。
<意味> 3333台の銀製の放水車が3333宇の銀の屋根に(水を)吹きかけた。
2. Byl jeden Řek a ten mi řek, abych mu řek, kolik je v Řecku řeckých řek.
<発音> ビル イェデン ジェク ア テン ミ ジェク、アビフ ム ジェク、コリク イェ ヴ ジェツク ジェツキーフ ジェク。
<意味>ひとりのギリシャ人がいて、彼はぼくにゆった。ギリシャにはギリシャの川がいくつあるか、ゆってごらんと。
3. Kmotře Petře, toho vepře přepepříte, tak si toho přepepřeného vepře sám sníte.
<発音> クモトシェ ペトシェ、トホ ヴェプシェ プシェペプシーテ、タク シ トホ プシェペプシェネーホ ヴェプシェ サーム スニーテ。
<意味> ペトルおじさん、この豚はコショウをかけすぎですよ、だからコショウをかけすぎた豚は自分で食べてくださいね。
4. U Řezáčů řinčel řetěz při řezání řezanky.
<発音> ウ ジェザーチュー ジンチェル ジェチェス プシ ジェザーニー ジェザンキ。
<意味> ジェザーチ家で干し草用に草をカットするとき(切断機の)鎖が音を立てた。
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チェコ語は日本語よりも子音勝ちな言語であり、なかには子音のみで構成された単語が存在する。例えば、krk(喉)、prst(指)、trh(市場)、vlk(オオカミ)など。それらばかりを組み合わせると、母音をひとつも含まない文章が出来上がる。
* * * * * 【母音のない文例】 * * * * *
1. Strč prst skrz krk.
<発音> ストゥルチ プルスト スクルス クルク。
<意味> 指を喉に突っ込め。
2. Vlk zmrzl, zhltl hrst zrn.
<発音> ヴルク ズムルズル ズフルトゥル フルスト ズルン。
<意味> オオカミは凍え、一握りの穀物を飲み込んだ。
3. Chrt pln skvrn vtrh skrz trs chrp v čtvrť Krč.
<発音> フルト プルン スクヴルン フトゥルフ スクルストゥルス フルプ フチュトゥヴルチ クルチュ。
<意味> 体中にぶち模様のあるハウンド犬がヤグルマギクのしげみを無理やり通って クルチュ地区(プラハ4区内の地域名)に飛び入った。
実際は、r や l の音が音節を形成して弱い母音を有するように発音される。したがって r や l を語の中心に持つ、3子音からなる語が多いのだが、8子音からなる scvrnkls (君は指で弾いて寄せ集めた)という長めの単語もある。
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さて、日本には、上から読んでも下から読んでも同じ文になる回文という言葉遊びがあるが、似たものがチェコにもあるようだ。以下の文例を、最初は左から、次に右から読んでいただきたい。どちらから読んでも、“アルファベットの並び”が同じ文になっている。
* * * * * 【回文例】 * * * * *
1. Ovar, pane, napravo.
<読み方> オヴァル パネ、ナプラヴォ。
<意味> 旦那さん、茹で豚肉は右側にあります。
2. Tetko, máte tam oktet.
<読み方> テトゥコ マーテ タム オクテット。
<意味> おばちゃん、あそこに八重奏団がいるよ。
3. Žel, Ino, kázala zákon i lež.
<読み方> ジェル イノ カーザラ ザーコン イ レシュ。
<意味> 決まりとともに嘘まで命じたのは、残念だね、イナ(女性の名)。
4. Motýla má malý Tom.
<読み方> モティーラ マー マリー トム。
<意味> 小さなトム(男性の名)が蝶を持っている。
5. Kuna nese nanuk.
<読み方> クナ ネセ ナヌク。
<意味> テンがアイスキャンディーを持って行く。
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