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18 小説『マルケータ・ラザロヴァー』(文化)

菅寿美(『ボヘミアの森と川 そして魚たちとぼく』訳者)

思いがけなく、川べりに、小説『マルケータ・ラザロヴァー』の時代に紛れ込んだかのような美しい建物が見えた。(「のっぽのホンザ」より、p.99)

チェコの古城_トロスキ

(チェコの古城 トロスキ)

小説『マルケータ・ラザロヴァー(Marketa Lazarová)』はチェコの作家ヴラヂスラフ・ヴァンチュラ(Vladislav Vančura、1891年生〜1942年没)の代表作のひとつである。プラハの北東にあるムラダー・ボレスラフ地方を舞台とした、貴族とは名ばかりの、盗賊や追剥として生きる中世の二家族の生きざまと、二組の若い男女の愛憎劇とを描いた作品である。以下に概略をご紹介する。

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ロハーチェク城塞の主、コズリークは、勇猛な騎士であると同時に残虐な盗賊でもあった。その血を色濃く受け継いだ次男のミコラーシュは、対立するラザル一族から受けた辱めの報復として、彼らの居城、オボジシュチェを襲い、修道女として生きることを運命づけられていた、若く美しいラザルの娘マルケータを強奪する。時を同じくして、ミコラーシュの妹アレクサンドラは、コズリーク一族に捕らえられたザクセンの青年貴族クリスティアーンに恋をする。
そのころ、王は盗賊たちの跋扈に業を煮やして討伐を試みており、老獪なピヴォを指揮官とする精鋭部隊に盗賊の居場所を捜索させていたが、ミコラーシュたちに撹乱されては兵を失うばかりだった。例を見ない厳冬の中、ピヴォは何とかしてコズリーク一族を追い詰めようと進軍する。
ミコラーシュを恨み運命を呪う一方で、ミコラーシュとの肉体的な快楽の沼に溺れ、それゆえ自らを嫌悪するマルケータは命を絶つことをも図るが、次第にミコラーシュに心を寄せるようになる。若いクリスティアーンは艱難に屈することのないアレクサンドラの気丈さと気高さ、それに美貌に心を奪われ、妻にめとることを決意した。
ザクセンのクリスティアーン伯爵は、行方不明になった息子を探してボヘミアまでやってきていた。王の討伐軍にクリスティアーン伯爵も加わる。
ピヴォはついにコズリークたちの潜伏場所を突き止め、猛攻をかける。激しい攻撃につぎつぎとコズリークの一族は倒れていった。戦闘の真っただ中にあって、弓矢を捨てて涙を流すことしかできなかったクリスティアーンは、両手に持った剣で敵を切り殺していくアレクサンドラの姿を目にして、心を決める。父の説得に応じて彼女を見限り、ザクセンに戻って跡目を継ぐのだ。アレクサンドラを含む盗賊たちが敗退を始めたとき、クリスティアーンは馬から飛び降りて逃げようとした。アレクサンドラは恋人の心変わりを悟り、激高する。ひとたび盗賊たちと別れてピヴォの陣営に身を寄せていたクリスティアーンだが、アレクサンドラへの思慕を断ちがたく、再び盗賊たちの元に戻ろうとする。しかし、深く恐ろし気な森に入り込み、ひとりで彷徨い続けるうちに正気を逸してしまい、偶然、アレクサンドラに見つけ出されるも、恋慕と怒りとに我を失った彼女自身の手で打ち殺されてしまう。
討伐軍によりコズリークは瀕死の状態で捕らえられた。息子たちを生き延びさせようとする母カテジナの切々たる諫言をはねつけ、ミコラーシュは一族の男たちとコズリークの奪還を誓い、マルケータを一旦ラザルのもとへと逃がそうとする。しかし、ラザルはミコラーシュの女となった娘を拒絶し、行き場を失ったマルケータは修道院に身を寄せる。かき集めた傭兵と一族によるコズリーク奪還作戦はあえなく失敗し、ミコラーシュを含む一族の男たちは捕らえられてしまう。潜伏していたカテジナとその娘たちもまた、捕らえられる。
処刑の日、コズリークは妻カテジナに、ミコラーシュはマルケータに支えられて死刑台へと向かい、皆の眼前で刑に処された。コズリークは死に、ミコラーシュもその兄弟たちも死んだが、アレクサンドラとマルケータはそれぞれ子を宿しており、一族の血は絶えることなく続いていく。

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本作品はフランチシェク・ヴラーチル監督により、1967年に小説と同名の『マルケータ・ラザロヴァー』のタイトルで映画化されており、高い評価を受けている。

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