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山の侵入者 バトル・オブ・家庭菜園

 「あーあ、やられた!」
 自宅の裏にある畑で、思わず絶望の声が出た。収穫間際のスイカが食べられ、全滅しているのだ。縞模様の厚い皮が見事に割られ、赤く色づいた実がむき出しになっている。
 獣害除けのネットをかぶせていたのに、たった1夜でこの始末。楽しみにしていた夏の味覚は幻となった。犯人は山の獣である。作物の被害はこれだけではない。今年春、自給自足を目指して始めた家庭菜園は、今も侵入者の脅威にさらされている。

無残に食べ散らかされたスイカ

犯人はハクビシン。鮮やかな犯行

 「やばいかもしれない」。
 2週間ほど前。私は嫌な予感がしていた。スイカの育ち具合を調べた時、実の表面に小さな傷を数か所見つけたのだ。それは、どう見ても動物がかじった跡だった。
 近所の人の話では、ここらではハクビシンが出没しているとか。傷の形や大きさからしても、間違いない。ハクビシンはスイカを狙ったものの、まだ熟していないことが分かって引き揚げたのだろう。

スイカを食べたハクビシン。かわいい顔なのに、相当なワル

 せっかくここまで育てたのに、横取りされてはたまらない。その日のうちにホームセンターで獣害防止のネットを手に入れ、スイカの上に張り巡らした。ネットの下部は石や杭で固定し、潜りこまれないようにした。対策は万全のはずだった。鉄壁の防御はどうして崩れたのか?
 現場を検証してみると、アルミパイプの骨組みにかぶせたネットに、わずかなすき間ができているのが分かった。
 ネットは正方形ではなく、細長い形をしている。私は2枚のネットを使い、1枚は骨組みの周囲、もう1枚は上部に張り渡した。2枚のネットは結合部分を重ね、細いひもで固定していた。
 ハクビシンはネットとネットの間に頭を入れ、ひもを緩めて直径15㌢ほどの突破口を確保。そのまま内部に入り、スイカを食い散らかしたのだ。
 被害は全部で5個。育ちつつあった他の実も、巻き添いをくらって傷ついていた。どうやら複数の犯行らしい。

スイカを守るために設置したネット


狙った獲物は逃さないハクビシン。よそに行けよ

 いやはや、たいしたものである。ここまで手際よくやられると、むしろ感心してしまう。スイカが十分熟するのを待ち、一気に食べてしまう抜け目のない作戦は見事だ。うちの畑は山に面しているが、獣を防ぐ柵はない。山の動物をなめていた私の完敗である。
  私は40年近く狩猟を続け、銃猟免許のほかに罠猟の免許も持っている。畑に小型の箱罠を仕掛ければ、捕獲するのは難しくない。
 しかし、ハクビシンを捕まえたとしても、食べる気にはなれない。猟師として、ただ殺すだけの行為はしたくない。今回はスイカを気前よく寄付したと思い、あきらめるとしよう。来年から、畑の防備を強化すればいいだけの話なのだ。
 それにしても、いいかげんにしろよ、ハク公。畑の持ち主のため、1個ぐらい残しておくのが礼儀だろうが。

こちらは完食のスイカ


山に面した畑。無防備に近い

イノシシの恐怖。出て来るなよ

 小さなハクビシンならまだいいが、イノシシが出て来たらどうなるか。なにしろ、畑のすぐ近くは山なのだ。少し歩けば、イノシシの足跡がたくさん残っており、いつ現れても不思議ではない。
 彼らは鼻をスコップのように使い、地面を掘り起こしてえさを探す。まるで小型のブルドーザーだ。畑に入られたら、何ともならない。

山へと続く道。この先はイノシシの縄張り
近所の山に現れたイノシシ

 以前勤務した岐阜県では、イノシシが田んぼや畑を荒らす被害が深刻だった。山里の集落は農地全体を防護柵で囲っていたが、イノシシはちょっとしたすき間から侵入する。取材を通し、稲や野菜が根こそぎやられた現場を何度も見た。
 私の家の近所では、夜中に道路をうろつくイノシシが何度も目撃されている。もしも人間が襲われたら、無事ではすまない。11月に猟期が始まったら、銃を手にして本気でイノシシを追うことにしよう。ここで猟師が存在感を示さなかったら、彼らは人間の生活圏を脅かしてくる。 

畑に立つ猟犬。警備犬としては役立たず

 ちなみに、わか家には鳥猟犬のブリタニー・スパニエルがいる。ハクビシン騒動の後、畑の警備を頼もうとしたら「暑いから嫌だ。クーラーのある部屋にいる」と拒否された。やはり、自分の力で獣を追い払うしかない。

害虫も大敵。果てしなき闘い

 畑を狙っているのは獣だけではない。季節にかかわらず、いろいろな害虫が現れる。カメムシ、アオムシ、アブラムシ。数え上げたらきりがなく、実は一番厄介な侵入者なのだ。
 

害虫に襲われたナスの葉

 私の畑は1・5㌃ほどしかないが、トマト、ピーマン、カボチャ、ネギ、キュウリ、ゴーヤなど10種類近い野菜を植えてある。畑の経験が全くなかったから、たくさん植えればどれかは成功すると考えたのだ。
 栽培方法は手探りだが、畑の土づくりには時間と手間をかけた。おかげで、夏野菜には不自由しないだけの収穫がある。
 しかし、ナスだけはうまく育たない。苗を植えた直後から害虫がたかり、葉を食べまくった影響が残っている。
 ハクビシンと同様に、私は害虫をなめていた。畑はあちこちにあるから、わざわざ狭い畑に集まるとは思っていなかった。ナスの葉の上に見慣れない虫がいるのに気づいても、そのままにしていた。
 見た目はテントウムシのような模様で、ちっぽけな体。一見かわいらしいが、こいつこそが悪党の「テントウムシダマシ」である。

葉にとまったテントウムシダマシ

 最初は数匹しかいなかった害虫は、あっという間に急増した。ナスの葉は見る見る食べつくされ、トマトやキュウリにも被害が広がった。こうなると、手で捕まえていては間に合わない。農薬と散布機を買い込み、情け容赦なく噴射した。
 それでも、敵は手ごわい。翌朝になれば新たな軍勢が集結し、野菜に総攻撃をしかけてくる。駆除に手を焼くうち、他の害虫も次々に飛んできた。
 私の友人は「田舎で畑をやるのは、害虫と闘うこと」と言い切る。その通りかもしれない。防護ネットが有効な獣やカラスに比べると、小さな害虫は対策が取りづらい。

農薬攻撃でひっくり返った害虫
見るからに恐ろし気な害虫
農薬の散布機

 私の畑には今も、さまざまな害虫がいる。子どものころから昆虫が苦手だから、正直なところ見るのも嫌だ。テントウムシダマシを一匹ずつ手で捕まえた時には、気味が悪くて鳥肌が立った。
 それなら、農薬を撒きまくればいいかと言えば、簡単にはいかない。野菜をおいしく食べるため、農薬の使用は最低限にしたいのだ。妻は「せっかく家で育てているんだから、安心して食べたいでしょ」と、農薬削減を強く求めてくる。
 畑には私の仲間もいる。カエルは害虫を食べてくれるし、クモは巣を張って野菜を守ってくれる。だが、残念ながら数が少ない。少しでも農薬を減らすため、よそからカエルを連れてくる作戦もあるか。ともかく、害虫退治はこれからの大きな課題である。

害虫を食べてくれるカエルさん
こちらはクモさん


畑を守るのは楽ではない

 私が暮らすような中山間部で、ささやかな農業を担うのは、ほとんどが高齢者である。収益目的ではなく、知人や家族に作物を配ることを楽しみにしている人が多い。
 それだけに、害虫とは比べものにならない深刻な獣害は、農地の耕作そのもを放棄する原因になる。
 私はイノシシのために畑が全滅したおばあさんから「もう畑をやる気力がなくなった。これでは、獣に食わせるだけだから、やめるしかない」と泣かれたことがある。
 最近は田舎暮らしがブームという。専門の雑誌を読むと、売りに出されている建物に「広い畑付き」と表記されているのをよく見かける。
 しかし、田舎で作物を育てるのは決して楽ではない。「自然豊かな環境」は「獣害の危険が大きい環境」と同じ意味なのだ。
 野菜もコメも、ただ植えただけで育つわけではない。
 山の獣や害虫と常に対峙し、何度被害を受けてもくじけない心の強さが必要なのだ。
 「では、おまえは自信があるのか?」と、聞いてはいけない。根無し草のような転勤生活を続けた挙句、高知にUターンしてまだ半年余り。家庭菜園ですら失敗続きのど素人に、そんな自信があるわけない。
 追われても、追われても、おいしい食べ物は見逃さない。スイカを荒らしたハクビシンの方がはるかに根性があると思っている。


なんか文句あんのか?




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