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奇跡の景観とウミガメの海「大岐の浜」でコバルトブルーに染まる

 ゆるやかなカーブを描く砂浜に、幾重もの波が押し寄せている。背後の山に人工物は無く、深い緑がコバルトブルーの海を引き立てている。「ここは本当に日本なのか?」。だれかに写真を見せ、南太平洋の島で撮ったと言っても通るだろう。高知県土佐清水市の「大岐の浜」には、大自然が生み出した奇跡的な景観が広がる。

大岐の浜に寄せる波。サーファーが小さく見える

海と山しかない海岸。

 全長約1.5㌔。サーフポイントとしても知られる大岐の浜は、岩礁地帯が続く海岸線の一角にある。土佐清水市中心街から北に約6㌔。ここは「足摺宇和国立公園」の東の玄関口にあたる。
 浜の入り口は、足摺岬に続く国道321号わきにある。案内看板に従って細い道を進むと、数分で無料駐車場にたどり着く。そこから、自然林の中の道を歩けば、すぐに浜に出られる。

浜へと続く道
浜を見渡す木造の展望台。なんとなく絵になる

 大岐の浜はサーフィン愛好家の間で有名だが、なぜか観光客は少ない。足摺岬への道を急ぐためだろうか。大部分の人たちは国道から浜を一瞬眺めるだけで、そのまま通り過ぎてしまう。展望台から見渡しても、目に入るのはサーファーの姿だけだった。
 高知市の名勝「桂浜」のように、飲食店や観光施設があるわけでもない。ただ海と砂浜が広がるだけの海岸である。忙しい観光客は、わざわざ立ち寄るだけの価値がないと考えてしまうのかもしれない。
 しかし、一度来れば印象が変わるだろう。浜の背後の山々に建物はなく、まるで絶海の孤島のような世界なのだ。余分なものが何もないからこそ、自然の美しさと力強さにあふれている。
 波打ち際を歩けば、砂と海水が複雑な紋様を描き出している。海の色はコバルトブルーを基調に、天候や見る角度によって刻々と変化する。空と海が接するあたりには、黒潮が流れている。風に吹かれて両腕を伸ばすと、このままどこかに飛んでいけそうな気がした。

芸術作品を思わせる砂の紋様



海に向かうサーファー


海は一色ではない。沖には黒潮が流れる

小さな命を育む砂浜

 大岐の浜の砂は白くてきめ細かい。土佐清水市観光協会によると、もともとは足摺岬の花崗岩で、荒波で浸食されたものが流れ着いたのだという。
 浜を歩くと、ごみが少ないことに驚かされる。流木はあっても、空き缶やビニール袋などはほとんど落ちていない。足摺岬に接岸する黒潮の影響が及び、漂流物が沖に流されているのだろうか。これだけきれいな砂浜は、全国でも珍しいと思う。
 大岐の浜と国道を隔てる土地にはかつて、集落を暴風から守る「大岐松原」と呼ばれる大規模な松林が存在した。松は江戸時代に植えられ、1950年代には樹齢300年にも達したという。
 松林はその後、松くい虫の被害で全滅したが、風や鳥が運んだ種子から自然林が蘇った。その中には、市の天然記念物に指定されている「カカツガユ」(別名ヤマミカン)も含まれている。浜は松林を失ったものの、新たな防風林を築いたのだ。
 

浜の背後は自然林。かつては松林だった


天然記念物カカツガユ。つる状の植物

 大岐の浜には毎年夏、絶滅危惧種の「ウミガメ」が産卵にやってくる。カメたちにとって、自然豊かな浜は絶好の繁殖場なのだろう。上陸しても、目の前に建物があったら落ち着けない。
 カメたちは夜間、暗い浜でピンポン玉大の卵を120個ほど産む。高知新聞は6月初旬、今年も大岐の浜での産卵が確認されたと報じた。地元の人たちは卵を安全な場所に移して埋め、さくで囲って見守っているそうだ。
 カメの赤ちゃんたちはやがて、海に帰っていく。浜の展望台にはここが保護区であることを示す看板が掲げられ、「いつまでもきれいな海岸を」というメッセージが添えられていた。
 都市部に近い海水浴場では、深夜に花火を打ち上げる迷惑行為がよく問題になる。ごみの放置も絶えず、地元民を困らせている。
 大岐の浜は本来「遊泳禁止」であり、交通の便が悪いこともあって、訪れる人は少ない。夜になれば月か星の光しかなく、あたりは静まり返っている。大海原を泳ぐウミガメたちは、親から子へと「あの浜なら安心だよ」と語り継いでいるのではないか。そう考えると、何だか幸せな気分になる。
 田舎の海だからこそ、守れているものがある。

ウミガメの保護を呼び掛ける看板


ごみが見当たらない浜。ここでウミガメが産卵する

サーファーの隠れた聖地

 長い海岸線を持つ高知県には、各地にサーフポイントが点在する。大岐の浜近くにはサーフィンスクールもあり、県外から足を運ぶ人たちが多い。
 国道から浜辺を見下ろすと、海に流れ込む川のほとりに絶好のキャンプ地が見えた。実際に車やテントで寝泊まりし、浜に滞在するサーファーがいる。公衆トイレには有料のシャワー設備も併設されていた。
 景色が良くて人が少なく、浜が広い。だれにも邪魔されない静かな環境でもあり、居心地が良いのだろう。駐車場の車のほとんどは県外ナンバーで占められていた。「遊泳禁止」を盾にせず、サーファーを柔軟に受け入れている地元の姿勢を評価したい。
 しかし、この海岸では沖に向かって速い流れができる「離岸流」が度々発生し、多くの犠牲者が出ている。浜に立てられた注意看板は、離岸流に巻き込まれた時の脱出方法を示していた。
 サーフボードに身を託して海に乗り出し、波をつかまえるサーフィンはとても楽しそうだ。でも、私のようにろくに泳げない人間には手に負えそうもない。せめて投げ釣りでもして、海を楽しんでみよう。

公衆トイレの洗面所。きれいに保たれている


離岸流の注意看板


浜に流れ込む川。狭い橋が架かっている



波を待つサーファー。自然と一体になる



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