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ソウル飲んだくれツアー。グルメよりも酒が大切

 旅に出たなら、酒を飲まなければはじまらない。たとえ海外だろうが、飲み屋に行かねばならない。その土地の酒と食べ物を味わえば、なんとなく文化に触れられたような気がするのだ。思うことがあり、弟と従妹とともに3泊4日でソウルを訪れた。当然、夜は宴会になったが、3人とも酒が命の土佐人である。飛び込みで酒場を回り、韓国の酒を連日飲みつくした。

第1夜「焼肉屋のオモニに仕切りまくられる」

 ソウルは夕方から雨になった。うっとおしい梅雨の日本から逃げ出したつもりだったが、韓国にも梅雨があるのを知らなかった。明洞(ミョンドン)の繁華街で夜店を見ていたら、雨は本降りになった。
 私たちが滞在したホテルは、明洞から地下鉄で40分ほど走ったオリュドン駅近くにある。
駅を出たらどしゃ降りになり、傘を忘れた私と弟はずぶ濡れになってしまった。
 こうなると店を選ぶ余裕はない。小さな路地に入り、目についた焼肉屋に足を踏み入れた。

店の外は路地。雨が降り続く

 この店は60代のオモニ(お母さん)が一人で切り盛りしている。席につくなり、オモニは私の背中をバンとたたいた。早口の韓国語で全く分からないが、たぶん「まぁ、あんた濡れているじゃないの。風邪をひくから、さっさと酒を飲みなさいよ」と言ったのだろう。
 ここらは観光客が少ないのか、日本語のメニューはない。英語で「ビールをください」と頼んだら、オモニは店の奥の大型冷蔵庫を指さした。見ると、ビールやら焼酎やらがぎっしり並んでいる。
 ありがたい。さっそく、瓶ビールの「TERRA 」(テラ)と「 CLOUD」(クラウド)を引っ張り出し、ラッパ飲みする。あぁ、うまい。中瓶だから、あっという間に5本空いた。

適当に頼んだ肉。どれもおいしそう

 そんな私たちに、オモニはハングル文字のメニューを見せ「あんたら。どの肉にする?」と無言で迫る。言葉が通じなくても、焼肉なら何とかなる。適当に選んで注文すると、オモニはニコリともせず焼き始めた。
 ジュージュー音を立てる肉を見ながら、ビールを飲みつづける。何の因果か、われわれは酒には目も口もない。弟は「もっと強いのにするき」と、日本でもなじみがある「チャミスル」(韓国焼酎)を運んできた。
 肉が焼きあがると、オモニはおもむろにハサミで切り刻む。トングを使って3人に分け「さぁ、お食べ。早くしないと、焦げちゃうよ」(推定)ときた。
 言うことを聞かずに肉を残したら、外にたたき出されそうな勢いだ。愛想は全くないが、仕事はしっかりしている。きっと、名のあるオモニに違いない。ちょっと怖いが、仕切りまくられるのが癖になる。

きれいに焼かれた肉。ビールによく合う

 

異国で飲んだくれる弟と従妹

 これは絶品だ。味も焼き加減も絶妙で、はしが止まらない。付け合わせのキムチがまたうまい。私はキュウリのキムチにはまり、3皿もお代わりしてしまった。
 隣のテーブルでは、韓国の若者たちが同じ調子でオモニに仕切られている。弟は焼酎を飲み干し、冷蔵庫から陶器の瓶を出してきた。
 「このワインがうまそうながよ」
 「これ、本当にワインかえ」
 「瓶にWINEと書いちゅうろうが」
 コップに入れて飲み干したら、驚くほど甘い。ラベルをよく読んだら「ラズベリーワイン」とあった。

絶品料理にご満悦の従妹。弟は黙々と飲む

 この間も酒は止まらない。チャミスルとラズベリーワインが甘かったから、冷えたビールで口直しをした。
  焼肉をたいらげた弟と従妹は、メニューに載っていないクッパとビビンバ、冷麺を注文したが、オモニは「はい、はい。分かったよ。待ってな」(推定)と言ったきり、戻ってこない。結局、テーブルに届いたのは、からし入りの冷麺とご飯だけだった。
 しかし、われわれは酒が主食のような人種である。この頃にはすっかり酔っ払い、食べ物なんぞどうでもよくなった。
 従妹は後から入ってきた香港の家族連れと仲良くなり、なにやら上機嫌で話している。彼女の前には、十数本の酒瓶が並んでいた。

色とりどりの酒瓶が美しい。緑色のシャツがオモニ
雑然としたテーブル。酒飲みは気にしない

 店の戸は開け放してあり、雨音が聞こえる。傘をさした人たちが、足早で歩いているのが見える。ハングル文字の看板が濡れている。
 ここはやはりソウルなのだ。オモニはテーブルの間を行き来しながら、忙しそうに働いている。はるばる高知からやって来た飲んだくれは、酔いと旅情にひたって眠くなった。

第2夜「韓国のカラシに叩きのめされる」

 

ホテル近くの街並み

 ホテルがソウル中心部から離れていると、有名な繁華街で飲んだ後に地下鉄で移動するのが面倒になる。
 「酔うちょったら、乗り間違えてどこまで行くか分からんぜ」
 「そうよ。どこで飲んでも、ビールはビールよ」
 3人の意見がめでたく一致し、今夜もホテル近くで宴会をすることになった。町を歩いていると、ビルの2階で窓を開けている飲み屋があった。
  店名は「BEER & SOJU」。韓国の居酒屋チェーンのひとつで、SOJUは韓国焼酎を意味する。きっと料理が豊富だろう。席に着くと、交通量の多い道路が真下に見えた。窓から風が入ってくる。
 この店も日本語や英語のメニューはなく、頼りは料理の写真だけ。従妹がスマホの翻訳アプリでハングル文字を読み取り、手早くビールを注文した。
酒さえあれば安心できる。早速乾杯し、おもむろに料理を選んだ。

手前がトッポギ。やっと食べきる

 写真だけで料理をチョイスするのは相当な冒険である。どれもおいしそうだが、韓国はタイと並んでカラシの消費量が多いとか。私らのような土佐人は普段、カツオのたたきか刺身で酒を飲んでいる。海のものなら何でも食べるが、実は3人とも辛い料理が苦手なのだ。
 最初に頼んだトッポギ(餅炒め)は、えらく赤い色をしている。私は屋台で売られているのを見て、勝手に甘い味付けだと思いこんでいた。ひと口食べたら、餅にたっぷりとからみついたカラシが炸裂した。
 一瞬の間をおいて口の中が熱くなり、舌がしびれる。たまらず、ビールで流し込み、次は串焼き料理に移る。見たところ、醤油ベースの味付けのようだが、こちらもカラシの地雷が仕掛けてあった。後からジワッとくる辛さは相当に手ごわい。
 カラシはビールを呼び、またもテーブルに瓶が林立する。店のスタッフは酒ばかり飲む客にあきれているのではないか。翻訳アプリで「おでん」と名付けられた料理を見つけ、「これなら大丈夫そう」と注文した。

韓国のおでん。日本のものとは別物

 しかし、もらった料理は様子がおかしい。大きな鍋に細く切った練り物や野菜が入り、ガスこんろの上でグツグツ煮えている。私が知るおでんとは、似ているようで違う。スープに浮かぶ赤い物体は明らかに赤とうがらしだ。緑色のブツはネギではない。どうやら青とうがらしである。
 「これ、やばいぜ」
 カラシの洗礼に苦戦していた弟が、鍋にはしを伸ばす。少しでもとうがらしを取り除き、辛さを未然に緩和しようという作戦である。
 だが、韓国料理はあまくない。カラシの成分は既にスープに溶けているのだ。何を食べても辛さがガツンときて、土佐人の舌をたたきのめす。残しては申し訳ないと頑張るうち、汗まで出てきた。
  以前、タイのバンコクに仕事で出かけた時も、屋台料理の辛さに参った思い出がある。恐るべし韓国。大陸の人々が愛する料理は、外国の旅行者におもねるようなヤワなものではないのだ。

カラシを取り除こうと無駄な努力をする弟



冷えた生マッコリ。カラシ対策の決め手
 

 こうなれば、酒に頼るしかない。幸い店には生マッコリが置いてあり、ほんのりとした甘みと発泡性のシュワ、シュワ感がカラシの攻撃を和らげてくれた。
 これなら、いくらでもやれる。チャミスルも追加して飲むうち、出された料理をあらかた片づけることができた。
 「韓国の人らぁ、こんなに辛うて平気ながやろうか」と従妹。
 「冬は寒そうやき、カラシで体が温まるろうね」と弟。
 しかし、今は夏である。次に来ることがあったら、ぜひ真冬にしようと密かに考えていた。

酒の勢いで料理を片付けた従妹。今夜も酒瓶が並ぶ

第3夜 日本料理店に救われる

 明日は帰国。インチョン国際空港発の飛行機の便が早いため、午前5時に起きないと間に合わない。今夜もホテル近くで飲むことに決め、暑い街を歩き回った。
 入り組んだ路地の奥にあったのが、日本料理の「とら」。外壁に「コロッケ」とか「焼き鳥」などと書いた看板が並び、なにやら怪しげな雰囲気もする。だが、われわれは先夜のカラシバトルに疲れている。日本料理という文字に誘われ、にぎやかな店に入った。
 ここは、テーブル上のタブレットで注文するシステムを取り入れている。
ありがたい。しかも、日本語の表記もある。
 従妹は席に着くなり、スイカのデザートを注文した。順序が違うと思ったが、どうしても韓国のスイカが食べたかったそうだ。スイカはシロップがかかっていて甘い。生ビールと一緒に味わうのも粋なものである。
 

スイカのデザート。旗が立っている

 日本料理の看板に偽りはなく、メニューの中心はお好み焼き、冷ややっこ、煮込み、どんぶりものといった和風料理で占められている。厨房に日本人のスタッフがいるのだろう。どれもレベルが高かった。
 カラシの恐怖から解放された3人は、安堵感もあって生ビールと焼酎、マッコリを飲みまくった。
  困ったものである。高知では宴会を「お客」と呼ぶが、われわれは3人きりで「お客」を繰り返している。酔っぱらうと、高知の飲み屋にいるような気分になった。
 「朝起きれんかったら、飛行機に乗り遅れる。今日は早く寝るぜ」と誓い合ったものの、お客は本当に楽しい。
 店を出てから、スーパーでビールとマッコリを買い込んだ。鶏の丸焼きを出している飲み屋で1羽ゲットした後、ホテルの部屋で飲み直す。
 鶏はジューシーな焼き上がりで、見た目とは違うあっさりした味付けだった。ああだ、こうだとバカ話をした挙句、ベッドに入ったのは午前0時近く。翌朝、そろって二日酔いの3人は、タクシーで空港に向かった。
 帰りの飛行機は、気流が悪くてよく揺れた。ソウルで飲む夢を見た。
 

酒のつまみになった鶏の丸焼き


 

二日酔いで出発した空港。また飲みに行きたい。








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