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世界最速の「白鳥おどり」4 若者や移住者が継承

 「ヘイ、ヘイ、ヘイ!」。短パンにTシャツの若者が、空に向かって腕を突き上げた。白鳥おどりの人気曲で、世界最速の盆踊りとも呼ばれる「世栄」だ。おはやしのテンポはどんどん速くなり、音頭取りは何かに取りつかれたように叫ぶ。地元の中高校生だろう。最後は通りを走り、飛び跳ねながら踊った。
 郡上市白鳥町の白鳥中学校は3年前から、白鳥おどりの継承に力を入れている。生徒たちは講習会や下駄づくりのほか、浴衣の着付けも経験した。7月20日の白鳥おどり発祥祭では、生徒会執行部が司会進行を担当。「踊(おど)リーダー」の女子生徒は、県庁でのPRキャラバンに加わった。地元の郡上北高校とも交流した結果、踊り会場に来る若者は目に見えて増えている。

走りながら踊る「世栄」

 武藤裕二校長は「義務感ではなく、自分たちが白鳥おどりを引き継ぐのだという意識が自然に高まっている。人と人とが世代を越え、踊りを通してつながっていることが実感できたのではないか」と話す。
 白鳥踊り保存会には今年、白鳥中の生徒3人が初めて入会し、徹夜おどりの踊り屋台にも登壇している。音頭取りを担当する2年玉越宙(そら)さん(14)は、女性らしい艶やかな声で会場を盛り上げる。中学生が入ったことで、屋台の中は一気に若返った。
 玉越さんは「保存会のおはやし講座に参加して、音頭取りを目指そうと思った。失恋ソングのような曲もあり、歌詞の意味を考えると面白い」と話す。物心つかないころから、毎年欠かさず白鳥おどりに通ってきた。将来、進学や就職で白鳥を離れても「お盆には絶対帰って来る」と語った。
 保存会の正者英雄会長(71)は「若い子が白鳥おどりに興味を持ってくれて、とてもうれしい。伝統を守るため、協力者という形でもいいから力を貸してほしい」と呼びかける。


踊り屋台に登壇した女子生徒(中央)
発祥祭の司会進行を担当した白鳥中の生徒(武藤裕二校長撮影)

 白鳥独特の踊りに魅せられ、移住した人もいる。愛知県豊橋市出身の神田洋子さん(40)は2016年に「拝殿踊り」と出会い、不思議な場の雰囲気に衝撃を受けた。拝殿踊り保存会の講座に通うため、高鷲町のスキー場に就職。2年後には白鳥町で地域おこし協力隊員となり、観光振興のため3年間働いた。
 「白鳥ではお年寄りから若い人まで、みんなが昔から変わらない踊りを楽しんでいる。ここには本物のカルチャー(文化)がある」と神田さん。白鳥町六ノ里に住み、浜松市出身の夫とともに藍染を手掛ける。縁もゆかりもなかった土地で、音頭取りを伝える継承者のひとりになった。

拝殿踊りの音頭取りになった神田さん(中央)

 拝殿踊りには、よそから来た人を即興の唄の文句で歓迎する「唄杯」(うたさかずき)という習わしがある。白鳥は平安時代に白山信仰の拠点となり、多くの人たちが行きかった。長良川上流部の静かな町は、今も旅人をあたたかく迎え入れる。元中日新聞白鳥通信部記者・中山道雄(8月17日付け中日新聞中濃版)

地域の伝統を受け継ぐ若者たち

 

 中日新聞白鳥通信部で勤務していた6年間。私はできる限り、学校の話題を取り上げた。少子高齢化が進む郡上市にとって、子どもたちは未来を拓く大切な存在だ。児童、生徒がどんな学校生活を送り、何を考えているのかを詳細に伝えたいと思った。
 記事で取り上げた白鳥中学校は、白鳥おどりの継承のため、さまざまな取り組みをしている。生徒たちは幼いころから白鳥おどりに親しんでいるから、大人より上手な子がいる。ここでは、盆おどりは特別な存在ではない。
普段着のままふらりと出かけ、呼吸をするように踊っている。


正調白鳥おどりを見せる人たち

 地元出身の武藤裕二校長は以前、白鳥町石徹白(いとしろ)にある石徹白小学校の校長を務めていた。
 岐阜、福井県境の石徹白は豪雪地帯として知られ。冬は2㍍を超える雪に閉ざされる。町中心部からは険しい山道を越えねばならず、便利さとは無縁な山里である。
 児童数は10人たらずだったが、武藤さんは地域の人たちと正面から向き合い、学校を交流の場として最大限に生かしていた。子どもたちは土地に伝わる「石徹白民謡」をお年寄りから学び、市の発表会で堂々と披露した。
 たった1人の入学式、渓流での釣りクラブ、地域の人も参加する運動会。今振り返っても、楽しい取材だった。

踊り子の年代は幅広い

 白鳥中学校の白鳥おどり継承は、武藤さんが校長となってから始まった。都会の大規模校なら、とてもこんな試みはできなかっただろう。過疎の石徹白で数少ない児童と触れ合い、地域に飛び込んだ経験がある武藤さんならではの挑戦だった。
 武藤さんは学校のトップなのに、作業着姿で学校周辺の草取りや掃除をしている。「どこのおじさんだろう」と思って近づいたら、校長と知って驚いた人もいる。そんな飾らない姿を知っているからこそ、保護者も白鳥おどりの継承に協力する。地域から学校に寄付された浴衣は100着にもなった。
 

体験施設「世栄」でのレッスン

 白鳥中に隣接する郡上北高校も、地域に根差した学習に力を入れている。
生徒たちは郡上市が抱える過疎化や空き家の増加、観光振興といった課題を解決する対策を考え、実際に事業化している。
 捨てられる食品が多いことに注目した女生徒たちは「食品ロス減らし隊」を結成。冷蔵庫の食品管理に役立つカレンダーを作ったり、長良川鉄道美濃白鳥駅でのカフェ開店を実現した。費用の調達や会場の確保も、すべて生徒たちが担当。ただ目的の達成のため前進する突破力は、周囲の大人たちを圧倒した。

白鳥おどりに参加した白鳥中学校の生徒たち(武藤校長撮影)

 児童、生徒が地域の伝統を担うことには、大きな意味がある。それは地域の魅力を知り、長年変わらぬ人と人とのつながりを知ることになる。
 奥美濃の暑い夏の夜、白鳥おどりにのめり込んだ記憶は一生薄れることがないだろう。将来、どんな土地で暮らそうが、夏になれば故郷の風景を鮮烈に思い出すはずだ。
 私は白鳥おどりのある白鳥町の人々がうらやましくてならない。取材を終えて高知に帰ってからも、踊り屋台から流れていたおはやしと、下駄の音が耳から離れない。

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