ちっちゃな夢。「醤」を食べてみたい。
万葉集、古典というものは何やら崇高なものだとぼくは思い込んでいた。その思い込みを吹き飛ばしてくれたのが意吉麻呂の歌。
「醤」という存在を、ぼくはこの歌で初めて知った。解説には「裸麦(または小麦)と入り大豆の挽割とを混ぜて麹を作り、食塩水を加えて樽詰めにし、約十か月間密閉して作る。」とあった。この歌は「醤」の記述がある最古の資料としても価値があるらしく、醤や醤油のお話の際に紹介されているのをみかけたりする。
醤油作りで盛んな千葉では今も作られているらしく、「醤」を使った料理が最近人気を呼んでいるとたまたま知った。その「醤」の紹介の時に、万葉集のこの歌も紹介されていて。だけど、意味までは触れていなかったんだよね。触れたらよかったのに、ってちょっと思う。もしかして、意味を知ったらきっと吹き出しちゃうから、やめたのかな?
この意吉麻呂っていう人の歌は他にもあるけど、ユーモラスで面白い歌ばかりなんだ。もしかしたら、実際に会ったら、うわ、面倒くせーこのおっさんって思っちゃう感じの人だったかもしれないけど。でも、こうやって「自分はあれが欲しいんだ!これはいらない!」って、はっきり言えるのいいなって思ったんだ。そういう希望、普通に伝えるとちょっとな…って思う時、この歌も添えてみたら、相手は吹き出す&ちょっぴり教養も養えていいかなって思ったんだけど、どうかな? 時と場合と相手を選ぶけど。まぁ、とにかく知っておいて損はないと思う歌なんだ。
意吉麻呂は、実際にはそんな鯛がないことをわかった上で、それでも自分の願いをちゃんと詠んで昇華させてから、好きじゃないものをいただいたのかもしれないよね。そういう姿勢っていいなって思ったんだ。見習いたい。何も言わないで、自分を誤魔化して我慢するんじゃなくてさ。相手を本当に困らせる駄々をこねるんじゃなくて、ユーモアで包んで自分にとって好ましくない状況を笑い飛ばす精神を。
それにしても「醤」、どんな味なのかなってずっと気になっていたから、折を見て食べに行きたいな。
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