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中学生の時に出会いたかった本


ぼくが中学生の頃、性に関する特別授業みたいなのが一度あった。
「性同一性障害」という言葉と、「ゲイ」という言葉について言っていたと思う。

具体的な話の内容は覚えていないけど、あの時の空気は覚えてる。
ぼくにとっては、「は?生殖器?そこが一体どう関係あんの?」という疑問が初めて浮かび上がった瞬間だった。自分は、やっぱり「男女」という意味がわかっていないんじゃないか、そう確信した時でもある。

自分でも首を傾げて考えた。
「性同一性障害」?
ぼくは、男の子とか女の子っていうか、ぼくはぼくなだけなんだけど、、、ん?


あの時になー、
あんな内容じゃなくて
ReBitさんの出張授業だったらなーー


むしろ、あんな内容の授業だったら、しない方がよかった。

「普通」とは違う人は差別されるんだ、って雰囲気から感じてしまった。

だから、ぼくはぼくだけど「そういう人たち」とは違うって、思った。

LGBTという言葉からずっと距離を置いていたのは、あの授業があったからだと思う。

もちろん、ぼく自身はノンバイナリーだから、LGBTには当てはめられなかったのはあるけど、、、そういったコミュニティに近づかなかったり、調べなかったのは、自分が「そう」だった場合、どうすればいいのか、わからなかったからだと思う。

自分のアイデンティティを見つけられないまま、「それらしく」振る舞うのは苦しい。

だけど、「ぼく」の意味がわかってしまったら、ぼくはもう「それらしく」振る舞えなかった。そうしたら、人からどんな扱いを受けるか、想像しただけで、こわかった。

当時のテレビの様子を観たって、無理解なのは明らかだった。


だけどやっぱり、あの頃に、この本が図書館にあったなら、本屋さんに並んでいたらよかった。

LGBTだけじゃない。
本当に多様なあり方を表せる言葉がこんなにもあるってわかっていたなら。
世の中が、流行りやネタとしてではなく、
純粋に理解しようとする風潮だったなら。

ぼくは安心して、ぼくのまま、大人になることができたのになって。


もう過ぎたことだから。
今からどうにかするしかないけどさ。

だからこそ、多くの人に知ってほしい。
いまだに、ジェンダー規範による偏見は全くなくなっていないから。

せめて知っておいてほしい。
ノンバイナリー、フルイド、アセクシュアル、フレキシブル、そうした言葉を通して自分を見つけられるように。

大切な誰かが、そうした言葉にたどり着けるように。
アイデンティティの問題は、「個性」や「自分らしさ」以前の問題で。
人権の問題なのだから。

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