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日常に潜む小さな恐怖

毎朝の犬の散歩が日課だ。
今朝もうちのワンちゃんと家を出ると、
玄関先でセミが仰向けになって死んでいた。
アブラゼミだった。

ちょうど今日はゴミ収集日だから、
あとからゴミ袋に入れるとにしよう。

犬の散歩から帰ってもセミは微動だにしないで
腹を上にして死んだ状態を保ったままだった。

とりあえず家に入った。
掃除をすませて、朝の仕事にとりかかる。
そうこうしているうちに、時計を見ると
午前11時を少し回っていた。
そろそろゴミの収集車が来る頃だ。
おもむろにゴミ袋を手に携え外に出た。

セミは相変わらず玄関先でぴくりともしないで
腹を上にしたまま横たわった状態を保っていた。

さて、死んだセミをゴミ袋の中に入れなくてはいけない。
少々おっくうな感じがした。
セミを触るのがいささか怖かった。

とはいえ、子どもの頃は夏休みになると
毎日のように昆虫を追いかけていた。
昆虫を採るのが、
とりわけセミを採るのが好きだった。

あれから50年以上経つが
不思議なもので
あれだけ大好きだったセミを触るのが
少し怖くなっている。

死んだセミであろうと、
セミを触る瞬間、
ある種の怖さが頭をよぎる。
触った瞬間、
ピクッと動くかもしれないと思ってしまうのだ。

おそるおそるセミの体を
ゆっくり持ち上げた。
だいじょうぶだった。

死んでいるから当たり前か。
ピクリともしなかった。
こうして無事に死んだセミを
ゴミ袋の中に入れることができた。

あとは家の周りの雑草を取ってゴミ袋に入れ、
指定された場所に置くだけだ。
雑草を取っていると、
ふと何かが鳴いたような気がした。

アブラゼミの鳴き声?
だけど、周りにその気配はない。
もしかして、さきほどゴミ袋に入れたセミが?

そ〜んなわけないじゃん。
気のせいか。

再び雑草を取り始めた。
またもやセミのような鳴き声がした。
今度はさっきよりも大きく近くで鳴いた。

ということは。。。
この袋の中?

おそるおそる袋の中を覗き込むと、
セミは腹を上にして
硬直した状態を保ったままだ。

やっぱりこのセミじゃないよね。

念のために
セミを触って確かめようと
そっと手を伸ばした。

指先がセミの体に接触した瞬間、
ピクリと動き、
今度はけたたましく鳴いた。
心臓がでんぐりかえった。

これはもう逃すしかないと
ゴミ袋の口を広く開けると
セミは激しく鳴きながら
元気よく飛び去っていった。

しばらく呆然とした。
心臓の鼓動がはっきり聞こえる。

死んだセミが生き返ったということなのか。
もしかしてもしかして
朝からずっとお昼寝をしていたということか。

どちらかわからないが
これからは
もう二度と死んだセミを
触ることはできないだろうなあ。


#創作大賞2024 #エッセイ部門

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