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朝起きて一番に目に入ったのが、大学の友達とのグループLINEでの会話だった。

「震度7ツナミ来てる、大丈夫?」

この秋に地元に戻ることを決意した能登の友人。
正月早々、え!?と目が覚め心が揺れる。
あちこちから、あけましておめでとうのあいさつが現れても、おめでとうと心から思えない。表面上は返しておこう・・・くらいな気分で2024年がスタートした。


太陽フレア云々もあって、地球もあと数年は「揺れるでしょう」と言われているし、そういう時代に生きているものだから、何があっても動じずに・・・とは思って、ここ数年、パンデミック前から過ごしてきた感がある。

そしてきっとこれは、一気に変容するのではなくて、色々なものが揺れる中で整うのだろうなと思っていた。文字通りに「揺れる」云々とだけの限定ではないけれど。


破壊と再生という流れから言うと、一旦破壊があってからこそ成り立つものもあるといことにすぎない。出会いと別れも同じだけれど、ENDがあって始まる、DEATHのカードと同じ。(必ずしも悪いというわけではなくて、出方によってはようやく終わるという安心感にもなるのDEATH)

今そういう時にあるということはどこかしっくりする部分があって、「そのつもり」で何があってもいかに内側が揺れないか・・・が大切だと思ってきた。

でもこんなニュースを見ると気持ちが明らかに揺れる。

友人は避難所にいると連絡があった。
寒くて毛布を取りに家に帰ったとも。
そして半壊になった家の写真が送られてきた。涙

2月にコロナでずっと会えていない両親に会いに実家に戻ろうと思いついて、先月チケットを取った時、せっかくだから実家に帰る前に能登の友人にだけは会いに行こう!と決めたところだったのに。

そして2日、ライブニュースで状況をチェックしていたら、速報で燃え上がる機体・・・

え?え?え??
なんて年明けだ・・

友人はご両親と姉妹そろって避難所で一夜を過ごしたものの、みんなで半壊になった、友人の自宅へ帰って生活しているという。

東日本大震災の東京での揺れを思い出すと、あれが、その状態で??とゾッと気が遠くなる。あの時は怖くてもライフラインは途絶えていなかった。真っ暗で相当激しいだろう建材の揺れる音、想像するだけで心苦しい。

でも、自分が揺れても何の助けにもならない。

できるとしたらやっぱり自分の気持ちをまず鎮めること。
目の前にないことで内側の静寂が乱れていることを確認して、心配する状況に対しても穏やかな気持ちのエネルギーを注ぐこと(祈ること)だけしかできない。もちろん頭ではずーっと前からわかっていること。

ふと乱れては、整える。
乱れては、整える・・・
これの繰り返し。

実は揺れはイギリスの自宅にも広がっていた。
息子が12月から1ヶ月近く治ったと思ったらぶり返す風邪をひいていたのだけれど、大晦日は元気だったのに1日からまたダウン。熱もないのに呼吸が荒く、まる3日間発熱と呼吸の乱れと頭痛とふらつきでダウンしていた。(その前に実家の両親もコロナで寝込んでいたし)

私はコンタクトレンズ要因と思われる角膜炎となり、約1ヶ月近くコンタクト使用禁止で点眼中。左右差が激しく眼鏡が作れないので、極度の遠視(網膜剥離で人工レンズ)と極度の近視で脳が時々混乱する・・。まともに見えないと、朝起きてぼーっとしている時の視界なので、まず1日シャキッとしない・・。遠近感覚が違うので調理の際に微妙に色々こぼす・・

そんな中で年明け。
ショッキングな日本のニュースが続いた後、庭で変な音がした。

暴風で隣の家から30メートルくらいの60歳の木(アッシュ:かなり重い系)が倒れてきて、うちのリンゴの木の主枝を巻き込んで悲惨な状態になっていた。


隣から倒れてきたアッシュがリンゴの木を。。。

なんなんだこれはー!
と、再びつぶやいて、見えない目をパチクリ。

乱れては、整えて、
乱れては、整えて。

私は一体何を見たいのだろう・・・
何を見たくないのだろう・・・。

明らかに「見たくない」のは「揺れ」起因の惨事なのかもしれない。用意はできていますか?という喝であり、これから現実的に目に入ってくるものに対して決して揺れるなというメッセージでもある気がする。

不安や恐怖という集合意識に呑み込まれないように、「いまここ」へのフォーカスと「希望」を持ちながら、この状況で私が学んでいること・・・でひいてみた。


一連の状況で私が学ぶこと

正しさや葛藤をもちながらも、強がって大丈夫だと思おう、としがちであることに気づき、自分の葛藤を認めてもいいということ。

女性として受け身的に、または母としてそして家庭内において、あれもできないこれもできないと自分を制約していることに気づき、その不安や恐怖をも受け入れること。勝手な思い込みに気づくこと。

不安なんてないから大丈夫だと言い聞かせようとしないこと。

総合しても、まるまる、不安と恐怖の世界に対して「自分は大丈夫!」と乗り越えようとしないこと・・・。


エンペラーとエンプレスとストレングス。
家の中での自分の在り方(ありのままの自分の在り方:世界平和は家庭から)特に正しさとかやっぱりこうした方が??とかごちゃごちゃ考えずに自信を持てるとよさそう。

全て思考のソード。頭で考えれば考えるほど混乱するだけ!
と単純にも言える。頭で考えるなー。

これは私個人でもあるけれど、良くも悪くもニュースに意識を向けることになったことで濃縮された、世の中(集合意識)の投影でもあると思う。

まさに今、この状況の中で、これから起こりうることへの不安そのものがシンプルに出ている気がする。

不安は認める。考えすぎずに落ち着いて。決してないことにする必要はない。勇気を出して自分の不安も受け止めて。

強がって自分は大丈夫だからと追い込む思考に呑み込まれないように。


私はココにいるけれど、学びは被災地の友人とも同じかもしれない。
全ての人が繋がっていて、自分の内側の不安を認め溶かすことで、友人にも集合意識にもつながるはず・・。心を寄せるってこういうことじゃないかと思う。たまたま自分が被災者側にいないだけ・・。

少なくとも肉体的な揺れを感じない場所にいる私が揺れてはいけない・・


この状況を乗り越える糸口

更に3枚目として「いとぐち」を引いてみた。
希望が見える!

ありのままに幸せでいい、自分に幸せを許すこと。苦しむ必要はない。同じ状況であっても感情的にならずに、淡々と恵まれている自分要素に気づき、感謝すること。

*角膜炎になったけれど、もしかすると運悪く失明したかもしれないこと、場所が悪ければ視界にも影響したことを思えばとってもラッキーなのです。そして、木が倒れた場所は家庭ゴミでコンポストを作っている場所なので、実はしょっちゅうあの辺にいる・・・ともすれば庭の中で一番良くいくスポットでもあり、根から2メートル。もし偶然にもそこにいたら一撃の巨木だった。木は根が病気になっていたために今回は暴風で倒れたけれど病気には気づかれていなかったため、放置されて他の時に突如倒れてきたかもしれないとも考えられる。リンゴの木の4分の位置ほどは生き残った。

家の中に閉じこもっていないで、ただ受け身でいないで、自分の世界を広げること。人生まだまだこれから。

でも、その第一歩を歩み出すのは、自分の足。考えているだけではダメ。自分で決断して進んでいくこと。

状況はいろいろだけれど、多くの友人にも、今対応しているクライエントさんにもそっくりそのまま当てはまる気がする。

コンタクトレンズが使える生活が戻ったら、2024年のタロットリーディングもやってみます。(多分、上の学びと糸口も関係してくるかなと思います)


わたしたちは、繋がっている。

世界平和は家庭から。震災支援も戦争反対もいいけれど、まずは自分の家庭の調和に目を向けることが大切。震災や戦争のニュースを通して、家族の絆を強めることも、人との絆を強めることも含めて・・

そしてない物を嘆くのではなく、あるものに感謝して、
勇気を持って、自分の世界を広げる行動をする時。世の中を変えるのは「自分」(自分の)世界を変えるのは、自分。

見たい世界、家族や友達の笑顔をイメージして、祈ります。


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