太田道子

東日本大震災を機に、人とのつながり、地域のつながりが人を豊かにすることを考え日々活動中…

太田道子

東日本大震災を機に、人とのつながり、地域のつながりが人を豊かにすることを考え日々活動中。 新潟県『ながおか市民協働センター』でコーディネーターをしながら、子どもたちが"ここに住んでよかった"と思えるまちなるように、子ども食堂の運営など個人活動も行っています。

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      ーNO.1 私って何者ー 一言で言うときっと「変わり者」なんだとおもう。 東日本大震災で人生の価値観が変わった。 そして、ボランティア活動が好きになった。 建築系の専門学校卒業後、とても良い会社に出会い、マンションの営業マンとして約10年働勤務。その間2度の育児休暇も取らせて頂き、子育てに奮闘しながらとても楽しく働いていました。 しかし、子どもの小学校入学を期にいわゆる小1の壁※1 にぶつかり、入学前の年末に退職。 その3ヶ月後.3.11東日本大震災が発災。 無職で

      • 42歳女性の事業承継

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