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ウィーン国立音大で学んだ事②オーディションに必要なものー日本の音大の課題ー

Thomas Hampson を中心としたリートアカデミーの2021/2022年度の受講生申し込みまで1週間を切りました。
主催はリート(独・歌曲)のコンクールで有名でしたが、アカデミー部門もトマス・ハンプソンを顧問に迎え、コロナ化も相まってか、選ばれた若い歌手達をメディア戦略的にもバックアップする形で急成長中です。

この動画のように受講生1人1人をフューチャーする形で宣伝動画を作っているのも非常に精力的で、後5歳若かったら挑戦したかったなぁという気持ちにさせられました。彼女はコジ・ファン・トゥッテで最終的に同じ組にはならなかったのですが稽古時によく一緒に歌った素晴らしい情熱的なメゾソプラノです。(プロダクションによって先にダブル・トリプルキャストの組み合わせが決まっている場合と、稽古の途中で組み分けが発表される場合がありました。)

2020/2021年度はウィーン音大時代の共演者達が11人中の3人に選ばれ、素晴らしい活躍、またアカデミー内でも成長を遂げていました。
Hampsonのワークショップは無料ライブ中継やアーカイブもあり、いくつか観た中で特に彼女のシューベルトのGretchen am Spinnrade(糸を紡ぐグレートヒェン)は格別で、一生に一度こんな歌が歌えるなら…と思えるほどでした。
その動画は主催のyoutubeチャンネル内で今回見つけられなかったのですが、かわりに受講者の中の何人かがアンサンブルで演奏している動画をご紹介します。思わずこの中に入りたくなる動画です。芸術万歳!


今年はコロナ渦における日本の水際対策も相まって、海外のコンクールや講習会に非常に挑戦しにくいとは思うのですが、多くのコンクールやオーディション合格者に対しての奨学制度が手厚い講習会は年齢制限があるので、まだ条件に合う方々は今年見送っても来年以降万全の状態で挑戦できるよう、各コンクールの募集要項等情報収集をして虎視眈々と準備して戴きたいです。

このアカデミーの詳細はこちら

さて今回のタイトルにもあるように「オーディションに必要なもの」の一つに、昨今私達のパフォーマンスを録音、録画したメディアが必要不可欠となってきました。エントリーする際に第一次審査として書類・録音審査を課す団体が増えている為です。

私達にとっては一声でも聞いて貰えるチャンスがある事は有難く、オーディションやコンクールの独特の雰囲気に慣れたり、成功例・失敗例様々な経験を積む事で成長していくので、一次審査で直接歌を聞いて貰えるコンクールは貴重と言えます。しかし一次審査ではほとんどが1人3分くらいしか割り当てられない事が多いので、3分の為に何時間も、時には何百ユーロもかけて審査会場に行かねばなりません。なので、歌手達にとっても、ある程度参加者が絞られた二次審査以降にその場へ赴くというのは決して悪くありません。ある程度人数が絞られてくると、受からなかったとしても審査員に覚えて貰えて講評を頂けたり、時には個人的に別のオファーのお話を頂けたりすることもあります。

この一次審査の為の録音ですが、場合によっては過去半年以内、数か月以内に録られたものと指定がある場合もあり、その都度新しく収録することになります。曲目の指定がある場合もです。(例えばリートのコンクールではオペラアリアではなく歌曲の録音が必要になります。基本的にはモーツァルトのアリア、シューベルトの歌曲を必ず1曲ずつ録音しておくと便利です。)


スマートフォンのクオリティが上がっているとは言え、音声品質的に十分ではない場合もあり、ちゃんとした録音を用意するとなると録音機器、録音場所、日程調整、伴奏者さんへの謝礼…と自分で録音するとしてもそれなりに負担となります。


ウィーン国立音大声楽科では、毎週月曜日トーンマイスターと呼ばれる音響・録音技師の方の在学日があり、予約をすると学内のホールで無料で録音(録画も可能)して貰えるシステムがありました。空のCDやDVDを持っていくだけで、何十万もするプロのマイクで各種マイクの音量調整をして頂き、その場でCDに焼いて戴ける…しかもホールも無料…どれだけ録音に対してのハードルが下がった事でしょう。もちろん細かな編集などをして頂くわけではありませんが、予約の時間前にはマイク等のセッティング、録音中も立ち位置のアドバイスなどをして下さり大変有難かったです。各劇場のオーディションの時期前は繁忙期となるので日程争奪戦ではありましたが、年間を通すと1人1回まで等の決まりもなく、学部1年生から院生まで同じように権利がありました。

その他にも精力的な門下においては年に2回の門下発表会時必ず1台と言わず2台、舞台上にカメラや録音用マイクがあり、録画したものを先生が自ら編集してyoutubeチャンネルにアップして、生徒達はオーディション申し込み時に自分の動画のURLのみ書き込めばよい…という門下もありました。その先生の門下は相当な数が世界中で活躍しているのですが、もちろん本人達の抜きんでた才能があってこそといえど、彼らが全て自分達で書類審査用のメディアを1から用意しなくてはいけなかったとしたら…と考えると少し勝手が違ったかもしれません。録音も新鮮でなければいけないので何事もスピード感が大事です。やらなければいけない事が山積みの上遊びにも忙しい10代、20代の学生が「明日やるやる」と言っている間にその録音はもう使えなくなってしまいます。

日本の音大を出てもう10年経とうとしているので、もちろん日本の音大もどんどん進化している事とは思うのですが、私の時代はどの公演も個人的に客席から録音・録画したものしか残っておらず、オペラ公演に至っては宣材に使えるような写真はなく、全てセルフィーのような写真のみ、動画も記録用に大学側が録画したものを1度見せて頂く事は出来ましたが、複製は禁止、その動画自体も舞台全体の引きのアングルのみ、記録鑑賞の域を出ないもののみでした。私は東京音大時代も、丁度声楽科の変革期で在学中に沢山の素晴らしい機会を頂き、ウィーン音大に十分通用する東京音大のカリキュラムの恩恵に預かった身なので、この1点においては非常に残念だなと思います。観客が入っている上で客席1点から学生が購入できるような録音機で録音・録画した素材は審査用としては十分でないことが主です。
ピアノ科のトップ陣、それこそ在学中に日本音楽コンクールで1位…のような人達のみ大きなホールで録音していたのを知っていますが、その他大勢は苦労していたのではないでしょうか。

そもそも、ウィーン音大と日本の一般的な音大とは学生の人数が違う上、経営基盤も全く違うのですが、大学自体もさることながらメディア戦略に強い学生を作る大学が生き残る時代になっていると思います。
前出したウィーン音大の門下のように先生がそこまで手厚くする必要はなくとも、大学に教授陣名義で貸し出しできる機器があり、せめて年に1回の門下発表会でそれなりの録音・録画素材さえ貰うことが出来たら広がるチャンスは沢山あると思います。
中にはカメラ撮影の才能のある学生もいる事でしょう。オペラ公演の最終リハーサル時に舞台写真を撮って、大学側が承認した写真だけでも出演者が使用できるようにしたらー課題は予算だけではないですが、肖像権やセキュリティの問題も解決できない課題ではないように感じます。舞台上演技中の写真なら自分しか写ってなくてもよいのですから。

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