雷電の科学と地震・火山


 日本列島は黒潮が流れて北半球でもっとも暖かな北太平洋西部の海域とユーラシア大陸の境界に並ぶ列島で、地球上でもっとも激しく熱帯低気圧、台風が吹き抜け、暖かな水蒸気が大量に流れ込む場所である(坪木和久『激甚気象はなぜ起こる』新潮選書)。落雷・雷雲は雨と風をともない、あたかも天空の大気現象の原因であるかのように現れる。この列島の民族の神話で雷神が活躍するのは自然なことである。この世界平均の約二倍にもあたるという豊かな水が水田稲作の大きな条件であったこともいうまでもない。

 またこの列島はユーラシアプレート・アムールプレート・オホーツクプレート・大平洋プレート・フィリピン海プレートが会合する世界でも有数の火山地帯であり、地震地帯である。火山地帯としてはRing of Fireとも呼ばれる環太平洋火山帯の西北部に属しているが、それとユーラシア東端の大興安嶺山脈から、長白山脈、そして韓半島南部の済州島にまでいたる火山地帯が交差する位置にある。プレート境界では陸奥沖海溝大地震や南海トラフ地震、近畿地方大地震などが繰り返し発生してきたことも広く知られるようになった。

 こういう諸条件によって、日本列島の神話では雷電・地震・火山噴火は密接に関係するものとして現れる。右図■「雷電・地震・火山の三位一体」は拙著『歴史のなかの大地動乱』で掲げたものだが、落雷の放電はドーンと大地を揺らす。これによって人々は大地が揺れるものであることを経験し、そこから雷神を地震を起こす神として幻想する。また火山噴火に際しては噴火雲による放電が火山雷を響かせて火山を震動させるが、人々はその原因と結果を逆転させて雷神が火山を揺らし、火山から火をあふれさせたのだと感じる。二〇二二年に起きたトンガ噴火では火山雷は一分間に三〇〇〇回近く鳴り渡り、直径二八〇キロメートルのドーナツ型の放電が起きたというが、日本でも火山雷はいわば雷電の親玉であったろう。

 こうして雷神は大気と光の現象のすべてを生み出す神とされるだけでなく、噴火と地震を左右する巨大な神となる。列島の自然環境を雷電に代表させるのは理路の通った認識であって、神話時代の人々は色々な事情で目をくらませがちな現代の我々よりも、日本の国土の本質を精神に刻んでいたのではないか。

 なお、さらに注意したいことは、雷は帯電した雷雲が起こす放電であるが、それは放電現象そのものとして直接に地上の事物に影響をあたえる。人類社会においてもっとも大きいのは落雷が火の起源に関係することである。しかし、それ以外にも地上への雷撃・放電は大地にさまざまな影響をあたえる。よく知られているのは、落雷が空気中の窒素を土壌に固定することであるが、最近の自然科学によれば、落雷は気体をプラズマ化し、そのプラズマ照射が植物種子の発芽抑制遺伝子の機能をおさえ、発芽を促すという*26。「蕾(つぼみ)」の字に「雷」がふくまれるのは十分な理由があったことになる。さらに雷・雷雲が天然の加速器として大気中で原子核反応を起こしガンマ線のバーストを発生させて遺伝子の突然変異の原因となるともいう(榎戸輝揚・和田有希・ 土屋晴文「雷放電が拓く高エネルギー大気物理学」『日本物理学会誌』74(4), 192-200, 2019)。これは生命の繁殖と再生産、それ故に生命の進化に雷電が深く関わっていることを示している。
 雷電がこのような生命の繁殖や進化にまで関わっていることは、終章で見るように、雷神神話がとしての側面のみでなく、生命神話にも関わることと対応しているというべきなのかもしれない。いずれにせよ「雷」が地球環境において果たしている役割は、最大の神秘現象の一つといえるような根本的なものであって、これは神話的認識が地球の環境と生命の神秘のある部分を正確に捉えていたことを示すのである。

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