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落語家になりたかったか

おそらく一日たりとも見ない日はないほどに、僕の日常に溶け込んでしまったYoutube。ホーム画面を開けば閲覧履歴、登録チャンネルを参照したアルゴリズムによってオススメ動画の一覧が現れる。スマブラの対戦動画、バンドのPV、全くオススメされる覚えのないアメリカ人のおっさんが野外で肉を焼いてる動画…そんなオススメ内に先日上がってきたのが、かつて所属していた落語研究部の動画だった。

僕が所属していた頃にはなかったYoutubeチャンネルが数年前から開設されており、現地に行けなかった人たちでも各公演の内容を楽しめるようになっている。IT分野が更なる飛躍を遂げている中、こういったことにも部が力を入れていることは本当に素晴らしいと思う。

上がっていたのは、先日行われた学祭公演の動画だった。毎年行われる学園祭では、数日間に分けてそこそこ大規模な公演を行っている。観ていてやっぱり落語って面白いなぁと改めて思った他、落語という形で青春を全うしている学生さんたちが羨ましくなったり、自らの思い出をそこに重ねてみたりなどなど、様々な感情が湧いてきた。また機会があれば生でも観たいものだ。オーストラリアから帰国したら面倒くさいOBにならない範囲でお邪魔させていただけたら有難い。


学生時代、「プロの落語家になる」という進路が頭をよぎっていたような時期があった。


他のことはそっちのけてひたすらに落語にのめり込んだ学生時代。落語は僕の中でも一番といって良いほどの取り柄となった、(これは今でもそうである)のだが、4年生になっても肝心のその後の進路が全く定まっていなかった。いっそのこと落語家にでもなってみようか、と考え始めたのがこの頃である。食える食えないはさておき、好きなことを職業にしたいとは長い間思っていたし、寄席で落語を演じる噺家さんたちは僕の目には輝いて見えていた。

が、同時に数多くの不安点もあった。一人前の落語家になるための修業は何よりも厳しいものというのは方々から聞いていた。細かいところまでひたすら気を遣い、師匠方の機嫌を損ねないようにするのは大変な苦労だという。罵声が飛び交い、理不尽が蔓延る環境。メンタルが弱い自分に果たして耐えられるのか。それ以前に親は許可してくれるのか、というか貯金は足りてるのか…

結局卒業までに腹を括ることはできず、紆余曲折あり最終的になぁなぁな感じで某ベンチャー企業に就職、からのワーキングホリデーでオーストラリアへ。始めは1年のみ滞在する予定だったのだが、なんだかんだで滞在の延長を重ね続け、現在4年目となってしまった。


落語家になるつもりなんて元々なかったことに気づいたのはほんの数日前のことだった。


そもそも本当にやりたけりゃリスクやら何やら考える前に動いているはずだ、と理屈では思っていながらも「落語家」という進路がオーストラリアに行っても尚なかなか頭を離れなかったのは、「落語以外まるでダメ」という強すぎる劣等感があったからだろう。落語しかできない→だから落語家しかないという超極論が僕の頭の中で展開していたのだと思う。ネガティブも行き過ぎると思考ロックをかけてしまう、困ったものだ。

しかしながら、海外で多くのことを経験して以前よりは度胸もついたように感じる。そして「落語だけ」という考え方も徐々に薄れていき、それに合わせて落語家になる、というこだわりもなくなっていった。人ができて当たり前のことは結構できないけど、自分にしかない能力もあるのでは?と考えれるようになった。ホントかどうかはさておきこっちの方が精神衛生的にも安全だ。


自分の本心が分かった大きな理由がもう一つある。これは冒頭で紹介した動画に気づかされたことかもしれない。


僕は落語よりむしろ、落研が好きなのだ


変な人たちが伸び伸びと、変でいられる環境。自分という人間が最も表現できるであろう芸能「落語」を通して、自分の思う「面白い」を存分にぶつけ合う若者たち。多くの出会い、数えきれないほどの飲み会、路上で出すおちんちん…語り尽くせないほどの多くの思い出が焼きついている。思い出だけではない。面白人間たちからコミュニケーションを通して得た価値観は、僕の思考にも大きく変化を及ぼした。落研での出来事を語らずして今の僕を語ることはできない。

落語はもちろん好きだ。だがそれ以上に好きなのは、みんなでくだらないことをワチャワチャやっていた、どこにもないあの感じなのだ。思えば進路で悩んでいた頃も落語家になった時の環境よりも、「自分が落語家になったら、落研の人は僕をどんな目で見るか」というところに焦点を当てていたような気がする。他人が先に落語家になって悔しい気持ちになったのも、根っこには結局この思考があったからなのだろう。いと浅はか也


大学を卒業してから、自分の気持ちにハッキリとした確信を抱くまでにおおよそ5年と半年ほどの歳月を費やすとは思わなかった。もっと早く知っていれば、良い悪いはさておきまた違う道を歩んでいたのだろう。「自分を知る」ということは本当に難しい。無意識的に自分の本心を隠してしまっているなんてことは往々にしてあるから始末が悪い。だが、物事はタイミングが来た時にしか分からない。今がそれだったのだろう。ならしょうがない。

しかしながらいかんせん僕は気分屋なので、もしかしたらこの気持ちもゆくゆくは変化していき、数年後に落語の世界に飛び込んでいる、なんてこともあるのかもしれない。まあそれならそれでもいんじゃない。間違いはないし全部正解。本当にやっちゃいけないこと以外は、何やったっていんだから。

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