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【ショートショート】傷つけない笑い

徒歩2分圏内のコンビニから帰ってきた。レジ袋を折りたたみ式の白いテーブルの上に置き、袋に入ってあるポテチとミニサラダ、そして缶ビール3本を取り出す。

午後3時43分

別に腹はそれほど空いてはいないし、特注酒を飲みたい気分というわけでもない。ただ、酔えば一時的に楽になるんじゃないか、そう思った。目の前に並ぶ全く同じラベルのビール連から、真ん中にあるものを手に取って早速タブを開ける。少し虚しいような「プシューッ」が小さなマンションの一室に響いた。

酒はそんなに強くないし、普段もそんなに飲まないもんだからまずは少量口にする。ぬるい。爽快なはずのビール特有ののどごしが逆に気持ち悪い。まあこんなのでも飲んでりゃ次第に酔っぱらってくるだろう。今はただ酒に身を任せたい。それに、酔えば何でも美味くなる。

右ポケットが震えると共に耳覚えのある音が聞こえる。携帯からの着信音。五島からだ。気が落ちているのを悟られないようなトーンで電話に出る。

「もしもし」
「あぁ、今バイト終わったわ」
声の感じからシリアスな話題を切り出すんだろうなというのが容易に想像できた。まあそれしかないわな。

「大丈夫か?」
何がどう大丈夫なのか、あいつが具体的に聞いてこなかったのはありがたかった。

「まあまあまあ」
「うん、色々しんどいやろうけど、時間の問題やろうから。今はあんまりSNSとかは見ん方がいいかもな」
「そうやね」
10秒ほどの空白。再び俺から切り出す。

「あれがアカんのか」
「いぃや俺もイライラしてるよ、ものすごい」
何かに怒りをぶつけるように笑いながら五島は続ける
「なんか気持ち悪いけど、そういうの考えながらやるしかないんちゃう、プレイヤーやから」
「まあなぁ」

空気が重い、、、五島が電話してくれたのはありがたかったのだが、雰囲気に耐えられそうになかったので早々に話を切り上げることにした。申し訳ない。

「じゃぁ、ぼちぼち切るわ」
「おぉ。ほんじゃぁ、また明日な」
「あぁ、ありがとう」

通話を切り放心状態に入る。あらゆるやる気が起きない。目の前の酒、ツマミも手につかない。布団にダイブして寝ようかと思うほど気持ちが穏やかじゃない。しばらく部屋の真っ白な壁を見つめながらぼんやりしていたが、手持ち無沙汰。右手に握っていた携帯からTwitterを開く。

五島の言う通り、間違いなく今はSNSは見ない方が良い。地雷を踏めば状態は悪化する。だが、今はそれを求めているのかもしれない。いっそ落ちるところまで落ちれば楽か、、、わけの分からない感情のまま惰性で親指を動かしながら上へ上へと辿っていくと、数日前俺が不快感まっしぐらのまま書いて事務所に突きつけたクソみたいな文章が誰かによってリツイートされていた。


先日行われたライブの漫才中に、相方五島の頭を叩くという不適切な行為をしてしまいました。
見ている方々を不快にさせただけでなく、世間の暴力を肯定し助長するような最低な行為だったと思っています。
こういったことが二度とないように、今一度自分たちの漫才のあり方を見つめ直し、誰も傷つけない笑いを考えていこうと思います。
この度は、大変申し訳ありませんでした。

焼き蛤 森野

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