見出し画像

791/1096【安心】不安の砂漠に雨が降る

吾輩は怠け者である。
しかしこの怠け者は、毎日何かを継続できる自分になりたいと夢見てしまった。夢見てしまったからには、そう夢見る己を幸せにしようと決めた。3年間・1096日の毎日投稿を自分に誓って、今日で791日。

(この毎日投稿では、まず初めに「怠け者が『毎日投稿』に挑戦する」にあたって、日々の心境の変化をレポートしています。そのあと点線の下から「本日の話題」が入っているので、レポートを読みたくないお方は、点線まで飛ばしておくんなましね。)

791日目。やはりおかしい。わたしには791日目の記事を書いた記憶がある。だから今日は792日目かと思っていたら、今日が791日目とな?
いや、こんなことを書いたら壇珠さんはマトモなのだろうかと疑いをもたせてしまうかも知れないけれども、確かに記憶がある。おかしなことだ…

そんなボケをかましつつ、さらにしばらく前に体調を崩したのが徐々に回復しつつあってまだ完全に治ってはいない。そんな自分は今日も人間として超好調だ。日々こんな感じで、山あり谷あり大波小波がわれら人間だと思う。ここは三次元だしね。われらには身体もあるのだもの。こんな感じで人生は進みゆくのであります。この山谷が楽しいですね。

なんとなく791日目を書き直すような気分ではあるけれど、これから書くという未来の体験自体が、そもそも今にある。だから、きっとちょっとね、時空が前後しちゃっただけなのだ。その辺りまでゆるくなってきたのかもしれないと思って、この状況を面白がっていこうと思います(お花畑)。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

一般的に「脳内がお花畑」というのって、ちょっと悪い意味で使われますよね。能天気で、妄想や空想や夢や幻想を、盲信している人のことを言います。

けれどもこれは本当に悪いだけの意味でしょうか。わたしはなにかを選ぶときに、誰にも言われないけれども自分で「おいお前、脳内確実にお花畑だろう。それがお前の欠落だろう」とツッコミを入れていましたが、恐ろしいことにそれでも気にせずに好奇心の湧くほうを選んたときに、悪くなったことはないのです。かつ、かつですよ…!!その自分のツッコミに負けてしまったときには、いいことになっていないのです。これは大変興味深いことだと思うのです。

ちょっと話はズレますが、わたしたちの勢いを低速させ、やる気を挫かせ、希望を壊し、不安にさせてしまうのはいつも自分自身でしかありませんよね。自分が「ひっひ~あたしゃうまくいくと思うで」と自信満々なときや、あるいは「かーっこりゃ超楽しそうだ!むはーっ!」とやる気に満ちているときって、「やらないほうが身のためだと思うよ」などと誰かに言われても「なに言っちゃってんだか」と思うだけなのです。人によっては、あまりにどうでもよすぎて、聴こえないし記憶にも残らないのです。

ところが、自分の心にちょっと心配があるときに「やらないほうが身のためだと思うよ」などと言われたら、それをマトモに拾ってしまいます。「やっぱりそうかなあ?!どうしよう…」などと思い始め、士気をガタっと落としてしまうんですね。相手の言葉をどう解釈するも、自分の心次第なのです。だから、言った相手のせいになんてできないのですよね。

わたしはそういうときに、「相手の言ったことを気にした自分が悪いんだ」と考えなくてもいいのだと思います。「おや?なぜ相手の言ったことに同調したのだろう、つまりは自分に不安があるということだな」というふうに、自分の心を覗くことができたと考えるといいと思うんです。だから、誰かの言葉はちょうどリトマス試験紙のように使うといいと思います。あるいは、超音波検査を受けたと思えばいいと思うんです。心に当たったエコーです。

それで中身が見えたと思うと、便利ですよね。だからわたしは密かに勝手に、他者の言葉は心の人間ドッグだと思っています。むむ…ここに書いてしまったからもう密かにではなくなってしまいましたが、なにかを言われて気になったときは、おや?自分はここに不安のしこりがあるのだな、と考えます。しかも見つかったときはそこをケアできるチャンスなので、えらくお得です。またひとついいことがあったと思っています。そうなんです、これも一種のお花畑かも知れませんが、いいお花畑だと思いませんか。

本題に戻ると、「脳内お花畑」と他人を揶揄する人の脳内はどうなっているのでしょう。お花があまり咲いていないのでしょうか。もちろん、見るべきものを見ていないというのは、危なっかしいですよね。現実とのバランスは崩れすぎてはいけません。だから誰かが本当にお花畑をスキップして命までかかった危険なことをしようとしているのだとしたら、止めるのが真心だと思います。行かないで、健さん…!!と止めたくなるじゃあありませんか。(昭和)

けれども、これまでにさまざまなご相談をいただいて思うようになったのが、「脳内砂漠」な人のほうが悩みが深刻であるということ。お花畑の人は、七転びながら八起きっていくのですが、砂漠の広がる人は、なかなか前に進むことができずにいるのです。

脳内が良い方にお花畑だと、前向きであるだけでなく、なにより「やる気・活気・松村雄基」が湧いてきます。さまざまな困難を気にせずに軽々と超えていってしまう力にもなります。けれども、脳内にお花が咲いておらず、あまりに砂漠ばかりだと、ついつい現状から不必要なネガティブイメージを生み出して、これに自らが囚われすぎてしまうんですね。

この砂漠は「不安砂漠」と言います。いや、もちろん好みによって「東京砂漠」と言ってもいいですけれどもね?あなたがいれば~~あゝうつむかないで~~歩いて行ける~~この東京砂漠~~ってことで、砂漠歩きを楽しむのもまた一興です。

しかし、この砂漠の乾きに自らが苦しんでしまうという人に向けて、これを解消するのにわたしが好きな方法を、今日はお伝えしてみようと思います!!

でもね、当然といえば当然なのですが、この方法自体がそもそも「脳内お花畑じゃん…」という方法なのです。だから脳内が不安砂漠の人にはちょっと抵抗があると思うのです。でも、こういうチャンスにその乾いた考えで判断してしまって雨を降らせないから、お花が咲かないのです。自分の恐怖を、自らが煽ってしまっているんです。

なのでここは、この記事に出会ったしまったが百年目だと思って、不安砂漠にお花が咲くかどうかを実験してみてください。ここで高価な壷を買う必要もありません。お金もかかりませんからね、笑

やることは簡単です。不安砂漠に安心の雨を降らせるんですね。不安砂漠になっているところは安心の水が干上がってしまっていて、お空にあるんです。それで、地中のお花の種が芽吹かないので、お空(頭の中)に取り上げてしまった安心の水を、口から降らせればいいんです。シャワーみたいに。嘘っぽいでしょう。でもこれが本当なんだから!!

どうやるのかと言うと、怯えている動物をなだめるのと同じなんです。怯えている動物に、「あの、ちょっとお時間いいですか。聴いていただきたいんですけれども、わたしはあなたを傷つけるつもりはないんです。出てきて甘えていただけると嬉しいなと考えています。そこでですね、証拠を見ていただければご納得いただけると思いましてですね、ここに嘘発見器を持ってきたんですよ。いいですか、傷つけますかと訊いていただいて、わたしはいいえと申しますので、結果をお見せしましょう。いきますよ、ほら!!ね?!ほら本当でしょう!」とは言いませんよね。怯えた動物は相変わらず、怯えたままです。

あなた自身も、頭ではいろいろわかっていても心がついてこないのではないでしょうか。こういうときって、どんなにロジカルに説明されても、心までは効かないんです。

そうではなくて、わたしたちは不安で怯えている動物に、まず優しく声をかけて、撫でようとしますよね。多少噛みつかれても、怒ったりせずに優しくします。大丈夫だよ。かわいいね。よしよし。ごめんね。怖かったね。辛かったね。と言いますよね。

怯えている理由も追求しませんよね。怯えた原因とは関係ないのに、とにかくよしよしかわいいねと言いますよね。怯えるに至った理由を知らずとも、理屈を超えて、ただ愛しいという気持ちを表しますよね。その動物が怯えているのは、誰かが殴ったからかも知れない。でも、その人がもういないとか、いない証拠があるから安全だ、などとわからせても意味がありません。自分はその人ではないよ~だから出てくるべきだよ~と言っても仕方がないし、謝るべきは殴ったやつだとか、お前は悪くないよと言っても、これも効きません。”理屈の鍵では、心の扉は開きません”。ただ、よしよし、かわいいねと伝えますよね。暖かくして、ご飯をあげますよね。これと同じようにしてみてください。

自分を怯えた動物だと思ってください。怯えるに至る理由があったのだから、それがなんだろうと構わないのです。怯えるあなたを責めず諭さず、ただただ愛を持って、愛と安心のある言葉を先に言うのです。無償でね。

楽しいな。嬉しいな。幸せだな。大丈夫。ありがとう。かわいいね。愛してるよ。ああよかった。生きていてよかった。うまくいくよ。いいことばかりだね。元気だよ。わたしは素晴らしいな。わたしは運がいいな。この世はいいところだな。恵まれているな。ああなんて豊かなんだろう。世界は素晴らしいな。生まれてよかったな。

心?伴わなくていいです。
実感?!ないない、砂漠だもの、ないんですよ。
感情??湧いていなくていいですよ。

嘘をついてください、ってことなんです。
砂漠に雨なんか降っていないのだから。
ないのに、あるみたいに言うんです。言葉に出すということは、その音を出すということですよね、音波を使います。

この音波。これが、理屈の鍵で開かない心の扉を開ける、”呪文”なのです。

そこにない雨を降らせるには、先に音波を降らせるんです。この音波の波(波動とも振動ともいいますね、エネルギーと言ってもいいですね)が、まずそこに先に降ります。すると、本当にそれは水を呼び、雨を降らせるんです。このことはよく、言霊の効果と言われますね。

不安砂漠に、先に安心の音の振動を与えます。心は伴っていないので、口から出ただけの安心の音です。けれども、わたしたちの潜在意識は、それが本当なのかどうか、誰が言っているのか(主語は何なのか)ということを、区別しません。幸せという音には幸せを、嬉しいという音には嬉しさを、大丈夫という音には大丈夫を、そういう現実をただただ無差別に届けます。

あなたがもし怯えているのなら、まずは安心させなければいけません。
それなのに、自分にこんな言葉をかけていませんか。

「やめておいたほうがいいよ。必ず失敗するよ」
「あんたなんか、結局ダメだと思うよ」
「能力がそもそも低いのに、できるわけないじゃん」
「失敗したら最悪の目に遭うよ」
「嫌われるよ」
「怒られるよ」
「一人になったら生きられないよ」
「失敗したら生活ができなくなるよ」
「傷つくよ。馬鹿にされるよ。見下されるよ」
「調子に乗るなよ。いい気になるなよ」
「信用できないよ。いつもダメなんだから、今回も同じだよ」

などなどなどなど。この声がまた、とてつもない影響力で、安心の泉をあっという間に枯らすだけの力があります。

でもね、われら地球人には、言葉の力があるのです。
音波で、砂漠に雨を降らせることができるのです。ほんっっっっっっっっっっっまやねん。突然だけど。(笑)ほんっっっっっっまなんよ!!!!この音の呪文が、その不安の砂漠に、降るはずのない雨を降らせるんです。

言霊を使うときに、「心が伴わなくてはいけない」と思っている人がいますが、これが大きな分かれ目です。それは、なくてもいいのです。美容室に行って、髪を切ってくださいと言いますよね。言うと切ってもらえますよね。でも言わないと切ってもらえません。逆に言うと、心なんか伴っていなくても、言いさえすれば切られちゃいます。バッサリいかれてしまいます。

それと同じように、わたしたちが潜在意識で拾った音は、心が伴っていなくても大きな影響力を持ちます。自分の声の波形で言ってみてね。しつっこく言いますが、心が伴わなくていいです。雨の降っていないところで、実際に雨が見えたり雨粒が当たるのを感じるのは変です。降る前から、降っていないと知っていて、でも降ったときのような喜びの音波を発するのです。

これはタダだしw、誰でも実験してみることができます。
そして、始めは心が伴っていないので、楽しいな~嬉しいな~幸せだな~という音を出すのが、難しいはずです。でも、そこは一応、呪文ですからね。いい呪文って、はじめは言うのが難しいものなのです。言いにくくて、苦しいです。でもそれはいい苦しみ!そこで苦しむのはOK牧場なのです!!

そういうときに簡単に言えちゃうものって、いい呪文にならないのです。たとえば、「ハァ、嫌だな」とならめちゃくちゃ簡単に言えますよね。こういう悪い呪文は言いやすいものなんでございますよね~これがまた。言いやすいからつい魔の手に引っかかって、言ってしまいます。

「いい呪文」は言いにくいので、できるだけ言いやすい場面を探して、言ってみてください。ちょっとでも幸福材料を見つけたらもう、即言う。すぐに音波の呪文を唱えてください。ああ幸せだな、感謝だな!などと。足が動くだけで。息が吸えただけで。目が見えるだけで。思いつかなければ、なにもなくても言えばいいです。

そうした呪文を唱えていると、これが反復作用でどんどんやりやすくなります。MP(マジックポイント。ドラクエを知らない人のために。。。)もだんだん増えますから、どんどん言いやすくなり、強力な魔法が使えるようになります。楽しみでしょう?!もう、早速今日から、今から、一緒にレベルアップを図りましょう!!おりゃあー!

わたしはまずですね、朝いつも「ふーふふふ(できるだけバイキンマンの声で)、I'm so happy」と言っています。なんだかもう、癖なんです。もうやるようになって長いので、言うと自然とそうだとしか思えなくなります。

さらにはそこに尾ひれがくっついてきて、「わたしは自分がアメージングだと思う、本当に嬉しい」「わたしは自分はかなり強いと思うんだ」「わたしってすごいなあ、えらいなあ」「ひひひ(とにかくバイキンマンの声で)、やったぜ」などと言います。やったぜと言っても、別に朝からなにも起きていないんですよ?ただ、そう言っているだけなのです。家族は以前はタジタジしていましたが、今は日常の風景となっているようで、なんか満足してるんだねよかったね的な顔をしています。

すると、チャレンジがうまくいくような気がします。
それから、いつもやる気が湧きやすくなります。
なにかいっちょやってみると、うまくいきます。

ちなみにわたしは、なぜにこれだけ多くのフォロワーさんに恵まれているのかと、同じ業界の人からも聴かれることがあるのです。でも、SNSを特に戦略的に使ったこともなければ、宣伝にお金や時間をかけたこともなく、特に目立ってバズった記事もないのです。それで、実のところはこんなにも『脳内お花畑』なことしか、していないのです。真実ですよ。だからとても返答に困るのです。

まさかバイキンマンのマネが効いているのだとは思わないので、この昔ながらの言霊の力が作用しているのだと信じています。音波の力、今すぐから、あなたも使ってみてね!!よっしゃ~今日も素敵なことを伝えたぞ!!

というわけで今日は、心が不安でいっぱいで動けないという人は、心が伴わなくても、幸せを音に出してみてね。不安砂漠に安心の雨を降らせ、あなたを元気で幸運で豊かなほうに導いてみてね。というお誘いのシェアでございました。この記事よ、読んでくださったお方に、どストライクで役立っておくれ~!読まれたあなたに、でっかい幸が降ってきますように。

それではまた、明日ね!!


毎日無料で書いておりますが、お布施を送っていただくと本当に喜びます。愛と感謝の念を送りつけます。(笑)