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みちこさん

絵心のある人が「似顔絵を描きたい」と欲するのはストレートで自然なことのような気がするけど、そのモチーフとなる側が「似顔絵を描いてもらいたい」と願うのはちょっと複雑でおもしろい心理だなと思う。

少し前の話です。去年の9月、新宿の飲み会に参加したときのこと。お店に突然、三味線を持ったきれいな女のひとが入ってきて、やや、と思っていたらそれは「歌う漫画家ちえちゃん」だった。彼女がそこにいるだけで、お店の中がキラキラした。聞けば荒木町界隈で有名な「流し」の歌手で、似顔絵描きをしてくれるという。
私は小説を出版したばかりだったので、向かいの席に座っていた方が「青山さん、お祝いに(似顔絵代を)出してあげるよ」と言ってくださって、描いてもらうことになった。

ちえちゃんは色白で目のぱっちりした美人さんで、そのときは川上未映子さんみたいな黒髪のボブヘアだった。ピンクの和装に可憐な花飾りをつけており、胸元にマイクを取り付けている。
「はい、描きましょう」となったら、そんな美しいちえちゃんと見つめ合わなくてはならない。いや、そんなきまりはなくて、よそを向いたり他の人としゃべったりしていてもきっと描いてくれるんだろうけど、私はごく単純に、似顔絵を描いてもらうときは見つめ合うものだと思っていた。
初対面のちえちゃんとは、見続けられるのも見続けるのも、とても照れた。そして同時に、「この人に良く思われたい」という感情が動いた。ちえちゃんはちえちゃんのフィルターを通して私のことを紙の上に写し取ろうとしているのだ。お互いまったく知らない同士なのに、これってけっこう深いところの関わりのように思う。

ちえちゃんは、きれいな声で歌いながらさらさら~っと筆を走らせ、ものの5分ぐらいで私の似顔絵を描いてくれた。私はというと、その5分のあいだ、ずっと二へ二へと笑い続けていた。ちえちゃんに見られている。私の中に潜む何かを見透かされている。近影写真を撮るときみたいなよそゆきのマスクと、自分の奥底にある醜さがばれないように隠すカーテンが、その「二へ二へ」だった。

この「描かれている間のスリリング」が、似顔絵のおもしろさのひとつでもある。「ちえちゃんから見た私って、どんなん?」というのは片思いしかけの淡い恋心にも似ていて、ドキドキした。

果たして出来上がった似顔絵が上にアップした画像ですが、実物の私に似ているかというとわからない。夜のお酒の席なので、いろっぽく描いてくれたんだと思う。それでも、誰よりも知っているはずの自分の顔を絵描きビュアーで見るというのはやはり興味深くて、似ているかどうかはたいして問題ではないのかもしれない。そして他人から見た自分の絵は、写真よりもどこかがちょっと「ホント」なんだろう。

この絵に描かれているのは、ちえちゃんの「みちこさん」だ。私の気づかない場所にみちこさんは住んでいる。交わした言葉はわずかで、彼女は私のことを覚えていないと思うけど、私にとってこの絵はお祝いのプレゼントなので大切にとってある。

ところでちえちゃん、地毛はロングらしい。普段は日本髪を結っていて、たまに「頭皮の休息」としてウィッグをかぶっているのだ。(ちえちゃんのフェイスブックで知った)。
川上未映子さんも、芥川賞を受賞されてばんばんテレビに出られていたときウィッグだったと後から知ったんだけど、ちえちゃんもそうだったなんて。あの髪型、あまりにも似合っていた。
もしまた会えたら、今度は日本髪のちえちゃんに描いてもらえるかな。二度目ましての見つめ合いで彼女が私の何を切り取って写してくれるのか、あてもなく楽しみにしている。