どちらもあなたである

   【あなた】

 しげおは生まれて40年、働いたことがない。
 職を失ったわけでもなく、職を求めているわけでもないのだ。

 しげおの毎日はとてもたのしい。
 ブランコの板の模様が気になれば膝をついてじっと眺め、触り心地が気になれば、質感を肌で知る。
 
 花壇に生えている草花を近くで観察し、葉脈を道に見立てて、もしここに自分が立っていたならばこれはどちらに進むだろうと心躍らせる。

 また、走りたくなったら走り出し、そのまま地面で前転をしてみたいと思えばそうする。
 そして擦りむいて泣いたりもする。

 お腹が空いて帰ったときの夕飯はとてもおいしい。

 しげおにとって年齢は関係ない。
 しげおにとって明日は関係ない。
 しげおにとって世間は関係ない。

 しげおの毎日は輝いている。


  【あなた】

 昼下がり。公園のベンチに座り、一息ついて前を見ると、半袖短パンのおじさんが膝をつき、ブランコの板に顔をくっつけていた。
 正直、第六感でこれはとても関わってはいけない人だと思った。
 周りを見ると、近くの親子連れも同じことを感じているのか、離れたところで危ないものを見るような顔をしていた。
 
 おじさんは1時間ほどブランコに顔を突っ伏し、やがて満足したのか、公園の角にある花壇の方へと向かっていった。
 ずっと親に引き止められていた子供達は、やっとブランコが空いて幸せそうに乗りこんだ。

 それでも公園の中は少しばかりぎこちない空気に包まれている。
 それから、30分くらいした後に事件は起きた。おじさんが公園内を急に走り出したのだ。予測のできない行動に、私も親子連れもさっと身の危険を感じた。
 その後おじさんは公園の入り口の前で崩れるように転び、束の間の静けさの後、うめき声をあげて帰っていった。

 なんだったんだろう。本当に襲われなくてよかった。

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