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困難な状況下のエグゼクティブの対応

こんにちは^_^
香月美智子です。
外資系金融企業でのエグゼクティブ・セクレタリーの日々をお伝えしております。

新型コロナウィルス感染症対策で、各企業でテレワークや時差出勤の対策が実施されています。

世界経済への大きな打撃も顕著になりつつあり、不安な時期が続いています。

ここで思い出されるのが9年前の東日本大震災の時の対応のことでした。

あの日、私が担当していたアメリカ人の上司はバンコク出張から帰国する日で、成田に到着予定でした。

被害の大きかった成田には到着出来ず、大幅に遅れて羽田になんとか到着したものの、迎えの社用車も向かえず、長いタクシー待ちと大渋滞の後、港区の自宅まで20時間ほどかかったようでした。

東北地方の甚大な被害に比べ、都心の被害は少なく翌週からの社員の出勤状況にはそれほど問題はありませんでした。

しかし、福島第一原発事故の影響の心配から西日本方面へ退避する社員もいましたし、外国人エグゼクティブ達は自国へ帰ったり、他のアジアのオフィスから働くことを選んだりしていました。

会社としては社員の意志を尊重する方向で対応、なるべく業務に支障の出ないよう調整をしながら通常の体制を目指しました。

私の上司は家族をハワイの別荘で数週間過ごさせる決断をしていました。
出来るなら自分も一緒に退避したかったと思います。

東京オフィスには500人の社員が通常業務に就いている中、自分が現場を離れる訳にはいかないと感じていたようです。

震災の影響で、オフィスビルではミネラルウォーターやランチの調達が難しい時期もあったりしたので、その辺りの社員への気遣いをしたり、本社への状況報告、社員への物資の支援要請をしていました。

彼自身も退避したかったと思いますが、責任者として立派に任務を果たしていました。

この上司は普段はとても厳しい方で、アメリカ人の人懐こさはあまりなく、社員とも少し距離を取るタイプでした。

しかし、このような困難な時に、彼のハートの強さ、温かさが現れました。

ほとんどの外国人が東京オフィスから去ってしまったあの時期に、本社への太いパイプ役であった彼の存在は、東京の社員の大きな心の支えになりました。

あの時の彼の貢献を思い出しながら、このウィルスとの闘いにも万全な対策をもって対応、困難を乗り越えていきたいと思います。


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