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【ショートショート】物語の内と外またはT.カポーティ『ミリアム』へのオマージュ

 私は本を読むことだけが楽しみの孤独な老人だった。ある時不思議な本を手にした。最初の数ページだけに文字が書かれているが残りは空白。しかし開くたびに物語が動き出すという、魔法のような本だった。

 その日私は「雪の日にミリアムという名前の少女がおばあさんの家を訪ねて来た」というところまで読んだ。それが本に書かれている最後だったからだ。ページを閉じて床に入った。

 その夜おかしな夢を見た。ひとりの少女が現れて私に訊いた。「私はミリアムよ。ここは物語の内?それとも外?迷子になってしまったみたい」
 夢の中の私は答えた。「物語の外じゃないかな。だって君が訪ねていったのは、おばあさんの家だろう。ここは私の家だ」
 「困ったわ。どうしよう。おじいさんはおばあさんの家を知ってる?」
 「悪いけどわからないなあ」
 そこで夢は終わった。

 翌日、本を開くと印刷された活字のページが増えていた。昨日読み終わったページを探した。だが何度文章を追っても、少女がおばあさんの家を訪問する場面がない。それどころか少女は最初からどこにも出てこない。そもそも少女など出てこなかったのか?私の思い違いだったのかもしれないが、それも頭がぼんやりしてはっきりしない。
  
 その時、ドアを叩く音がした。あけると少女が立っていた。
 「おじいさん、こんにちは、ミリアムよ。おじいさんは夕べ、私は物語の外にいると言ったけれど、あれはおじいさんの夢の中だったから、内と外のあいだだったわけね。夢がさめて完全に外に出てきちゃったけど」
 私は何が何だかわからなくて、少女の顔をじっと見ていた。ミリアムは続けた。
 「でもそろそろ戻らないといけないわ。おじいさん、もしよければ、物語の中に一緒に連れて行ってあげる。またおじいさんの夢をお借りしなきゃいけないんだけど」
 ミリアムは、私の夢をトンネルのように抜けて物語の外に出てきたことを説明してくれた。夢を通ればまた物語の中に戻れることも。
 
 私はどうせこれといってすることのない暇で孤独な老人だったので、ミリアムに同意し、今では物語の住人になった。古い茶色のコートとチェックの縁なし帽をかぶって登場するので、よかったら読んでみてほしい。もちろんミリアムも無事戻っている。しかし今でも時折り物語は空白になることがあるらしい。主人公のおばあさんの意識がぼんやりするせいだと、ミリアムから聞いた。物語を進めるために読者の力を借りるようになってしまっているんだ。もしそういう本をお持ちの方がいたら、どうかおばあさんを支えると思って協力してあげてほしい。

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