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[書評] 聖書全体に対する本格的な地図

John Rogerson, 'The Atlas of the Bible' (Facts on File, 1985)

John Rogerson, 'The Atlas of the Bible' (1985)

Fact on File が1985年に刊行した、聖書全体に対する初の、歴史でなく、地理に基づく地図。その後、再版を重ねており、評者の手許にあるのは1991年のリプリント。

著者は英国のシェフィールド大学の聖書学教授。

古代ヘブライ人が〈啓典の民〉(the people of the book)と呼ばれて来たことに加えて、本地図は、彼らは、〈土地の民〉〈聖書の地の民〉(the people of the land, the land of the Bible)でもあったと、捉える。

本書は〈聖書地図〉であるので、まず、聖書そのものについて、その成立、その中世写本や現代の翻訳を介した伝承のあり方を、ユニークな文学的宗教的現象として描く。

つぎに、聖書の歴史的背景について、アブラハムの時代から新約聖書の終わりまで、例証となる地図や図版を添えて、概観する。

3番めに、本書の中心部分である聖書の地理を詳細にあつかう。地域としては、だいたい、旧約聖書のイスラエルの十二支族の地域に対応する。

巻頭には聖書の全時代を一望できる歴史年表、聖書の全地域を一望できる地勢図、巻末には参考文献表、地名索引、事項索引がつく。

このように、全体の骨組みがしっかりしており、地図や図版も充実している。決して安くはない本だが、それだけの価値はある。

本書の典型的な使用例を2つ挙げてみよう。おそらく、ふつうの読者は、聖書の地理を系統的に学ぶというよりも、聖書を読んでいて、これはどのあたりの話だろう、ここは地理的にはどういう場所なのだろうという疑問が出てきたときに、本書をひもとく場合が多いのではないだろうか。

1つめはガリラヤ地方である。聖書を読んでいると、ガリラヤ湖には何度か出会う。

旧約聖書だと、例えば民数記34章11節。主がモーセに、イスラエルの人々が嗣業として自分たちのものとするカナンの土地の範囲を示す箇所だ。そこに〈(東の)境界線は、キネレト湖の東斜面を経て〉とある。このキネレト湖がガリラヤ湖のことだ。

新約聖書だと、例えばルカ5章1節。〈イエスがゲネサレト湖畔に立っておられると〉とある。このゲネサレト湖がガリラヤ湖のことだ。また、ヨハネ6章1節。〈イエスはガリラヤ湖、すなわちティベリアス湖の向こう岸に渡られた〉とある。このティベリアス湖もガリラヤ湖のことだ。

というぐあいに、ガリラヤ湖は聖書では少なくとも3つの別称でも呼ばれる。これだと、同じ場所を指していることがすぐには分りにくい。

ふつうの聖書辞典などで、個別の名前で引くと、別々の箇所が出てくる。だが、地理の観点からすると、同じ場所を指すものについては統一的に調べられるほうが便利だ。それが本書では可能になる。地味な機能だが、読者の立場からすると有難い。

2つめは、移動経路を調べる場合だ。例えば、ヘレニズム世界に伝道をおこなった使徒パウロについて、その移動の経路を、新約聖書の使徒言行録(使徒行伝)を読みながら、地理的に確かめたいとする。

パウロの伝道の拠点の一つがアンティオキアである。が、古代都市アンティオキアは複数あり、評者の知る限りでもパウロの伝道経路の中に、2箇所のアンティオキア(ピシディアとシリア)がある。

こういう場合は、両方のアンティオキアを見やすく表示した経路図があると有難い。本書ではパウロの伝道経路の地図を俯瞰図(鳥瞰図)で表示してくれているので、非常に見やすい。

同じ地名が複数の場所にある場合は、文字でいくら細かく説明されても、頭に入りにくい。一目瞭然にわかる図解のほうが絶対に有利である。

以上の例のように、同じ場所が複数の地名で呼ばれる場合と、同じ地名が複数の場所で使われる場合など、地理的概念をもとにして考えないと難しいケースには、本書のような専門の聖書地図が役に立つ。もちろん、聖書に附属する聖書地図などでも基本的なことはわかる。

#書評 #聖書 #歴史地図

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