見出し画像

ノーマン・レーベンのディランへの影響(2)

※ 旧「英詩が読めるようになるマガジン」(2016年3月1日—2022年11月30日)の記事の避難先マガジンです。リンク先は順次修正してゆきます。

※「英詩のマガジン」の副配信です。
※「Dialann_2017」でも配信します。

これまでに2回ノーマン・レーベン(1901-78)について取上げました。最初は次の書評で。

つぎに、次の有料記事で。

アメリカ音楽とユダヤ・コネクション

この有料記事で Ben Sidran, 'There Was a Fire: Jews, Music and the American Dream' と、Bert Cartwright [?], 'Raeben's influence on Bob Dylan' の2つを取上げました。今回は後者の続きです。

なお、ディラン・ファンの間でさえよく知られていないこのノーマン・レーベンという人物ですが、これまでに述べたことをおさらいしておきます。

1974年にディランの妻セァラの友人たちが家にやってきた。彼らが話していた真理や愛や美の定義を誰に教わったかと訊くと、ニューヨーク市に住む73歳の美術教師であることがわかった。1974年春、ディランは彼を訪ねた。それ以後、レーベンはディランにとってのグル(師匠)となる。その人物の影響を受ける度合いと、妻と疎遠になってゆく度合いとが、奇妙にオーヴァラップしています。レーベンはあの難解な名曲 'Tangled Up in Blue' に影響を与えたという。

前回、カートライトの「ノーマン・レーベンのディランへの影響」の1回目では、レーベンがイディシュ語の作家 Sholem Aleichem (1859-1916) の息子であること、ボブ・ディランの人生に最も大きな影響を与えた人物の一人であること、1970年代半ばにディランの作歌能力を生まれ変わらせたのはノーマン・レーベンだったこと(ディラン自身のことば)、レーベンの教えと影響が大いに彼の人生観を変えたので妻のセァラはもはや彼を理解することができなくなりそのことがディラン夫妻の結婚の破綻につながったとディランが示唆していること、Robert Shelton, 'No Direction Home' にアルバム《血の轍》にレーベンが大きな影響を与えたことが記されていること、等を述べた。今回はその続き。

_/_/_/

(前回の続き。ディランがノーマンの玄関から顔をひょいと覗きこんだ1974年の春のできこと。冒頭の「彼」はノーマン、「ぼく」はディラン。)[以下、カートライトの文章の原典と、それの再録を参照しつつ校訂して掲載する]

He says, 'You wanna paint?' So I said, 'Well, I was thinking about it,
you know.' He said, 'Well, I don't know if you even deserve to be
here. Let me see what you can do.' So he put this vase in front of me
and he says, 'You see this vase?' And he put it there for 30 seconds
or so and then he took it away and he said, 'Draw It'. Well, I mean, I
started drawing it and I couldn't remember shit about this vase - I'd
looked at it but I didn't see it. And he took a look at what I drew
and he said, 'OK, you can be up here.' And he told me 13 paints to
get... Well, I hadn't gone up there to paint, I'd just gone up there
to see what was going on. I wound up staying there for maybe two
months. This guy was amazing...
「絵を描きたいの?」と彼。そこでぼくは「まあ、そうしたいと考えていました」と答えた。「そうか、きみがここにいるにふさわしいかさえ、わからないけれど。きみに何ができるか見てみよう」と彼は言った。そこで彼はぼくの前に花瓶を置いた。「この花瓶が見える?」と言って30秒くらいそこに置いてから、花瓶を取り去って言った。「描いてみて」。で、ぼくは描き始めたんだけど、この花瓶のことはなんにも思い出せなかった。確かに花瓶を眺めたんだけど、見ていなかったんだ。そしたら、彼はぼくの描いたものを見て、「よし、ここにいていいよ」と言ったんだ。それから彼はぼくに13の絵の具を手に入れるように言った。ところで、ぼくは絵を描きにそこに行ったんじゃなかった、いったい何が起こっているのか知りたくてそこに行ったんだ。結局、ぼくはそこにたぶん2ヶ月ほどとどまった。彼は驚くべき男だった。

レーベンは正体が謎につつまれた画家だが、神秘家の側面を持つ教師であることの片鱗が、このエピソードからも窺える。

ここから先は

1,812字 / 1画像
この記事のみ ¥ 200

この記事が気に入ったらチップで応援してみませんか?