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アメリカ音楽とユダヤ・コネクション|ノーマン・レーベンのディランへの影響(1)

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2つの文献

最近、2つの文献を読む機会があった。

一つは Ben Sidran, 'There Was a Fire: Jews, Music and the American Dream' (Unlimited Media, 2012).

これはアメリカ音楽とユダヤ・コネクションを追究した本。ボブ・ディランやジャック・エリオットやウディ・ガスリーなどのことが出てくる。アメリカの歌われる詩を考える上で貴重な示唆を与えてくれる。

もう一つは Norman Raeben とボブ・ディランの関係を論じた文章。'Raeben's influence on Bob Dylan' といい、Bert Cartwright という人物が2001年頃に書いた文章らしい。著者とおそらく同一人物と思われる人が 'Bible in the Lyrics of Bob Dylan' (Wanted Man Publishing, 1985) を著している。

その本は大変興味深いテーマを扱っている。わずか80ページの本なのに、米アマゾンで $224.96 の値が付く希少書である。読んでみたいが、未見。

ボブ・ディランを研究していると、種々の文献でときどきユダヤ人名とおぼしきものが出てくる。不思議なことだが、そういうとき、説明はまずない。まるで、分かる人だけ分かれば十分とされている気がする。

たとえば、ディラン伝の傑作とされるスカドゥートの 'Bob Dylan' には次の記述がある。フォーク・シンガーのランブリング・ジャック・エリオットについて述べた箇所だ。

He was born Elliott Adnopoz in Brooklyn, the son of a successful doctor, but at this time very few people around him knew him as anything but Ramblin' Jack Elliott, a cowboy from the West. He was ten years older than Dylan, and a decade earlier he had gone through the same shifting identity that Dylan had. Like Dylan, he could not picture himself the son of middle-class Jewish parents and, like Dylan, he created a new identity.
彼はエリオット・アドノポズとしてブルックリンに生まれた。(略)ディランと同じように、彼は自分のことを中流ユダヤ人両親の息子と思い浮かべることができず、ディランと同じように、新しいアイデンティティを作り出した。

これを読めば誰でもエリオットがユダヤ人であると思う。けれども、その説明がない。説明はただ「アドノポズ」という名前にのみ含まれている。しかし、一般的でないこの名前を見ても、これがユダヤ人の名前であるとはユダヤ人以外、気がつかないだろう。

ともあれ、姓を見れば分かる人にはユダヤ人と悟られてしまうことを(おそらく)避けるために、彼らは名前を変えた。エリオットはファースト・ネームを姓にして Jack Elliott と変えた。ディランは姓の Zimmerman を Dylan というステージ・ネームに変えた。

ディランは初期のころ「ジャック・エリオットの息子にしてウディ・ガスリーの孫」と評された。音楽的影響関係を端的に表す言葉である。

そのウディ・ガスリーとユダヤ・コネクションの関係を調べようと思うと、上に挙げたベン・シドランの本が参考になる。

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