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神の風あるいは荒れ野の誘惑

横浜教区のF神父による黙想会にあずかった。いまは四旬節(Lent)で、罪と誘惑とについて黙想する時節である。

イエズスが公生活を始める前に、誘惑を受けている。いわゆる「荒れ野の誘惑」である。


聖マルコ

一番古いテクストは恐らくマルコ。ヨハネから洗礼を受けたあとの記述だ。

マルコによる福音書/ 01章 12-13節
12それから、“霊”はイエスを荒れ野に送り出した。
13イエスは四十日間そこにとどまり、サタンから誘惑を受けられた。その間、野獣と一緒におられたが、天使たちが仕えていた。

素っ気ないくらいの記述である。

聖書でただ“霊”といえば、“神の霊”である。“霊”とは何か。ヘブライ語でルアハ、ギリシア語でプネウマ、共に「風」「息吹」の意。

神の風、神の息吹。目に見えない。吹いているのは分かる。どちら向きか、どれくらいの強さかは分かる。

古代人はそんな風に神秘を感じた。現実に対する神の働きかけを霊(風)とするのが、三千年前からユダヤ社会では使いやすい表現法だった。

すべてがこれで説明される。生きるのは、神に息を吹入れられたからである。息遣いは神が直接送ったもの。

その“神の霊”に導かれてイエズスは荒れ野に送り出された。

そこでサタンから誘惑を受ける。誘惑の中身が書いてない。野獣と一緒だったというだけだ。誘惑にどう対応したかも書いてない。あまりにも素っ気ない。これでは分からないと思ったマタイやルカは誘惑を三つ具体的に挙げた。

ユダヤ人マタイはユダヤ人向けに書く。ルカは異邦人向けに書く。両者で2番目と3番目の順序が入れ替わっているのはそれが理由。



聖マタイ

マタイによる福音書/ 04章 01-11節
1さて、イエスは悪魔から誘惑を受けるため、“霊”に導かれて荒れ野に行かれた。
2そして四十日間、昼も夜も断食した後、空腹を覚えられた。
3すると、誘惑する者が来て、イエスに言った。⌈神の子なら、これらの石がパンになるように命じたらどうだ。⌋
4イエスはお答えになった。⌈『人はパンだけで生きるものではない。神の口から出る一つ一つの言葉で生きる』
と書いてある。⌋
5次に、悪魔はイエスを聖なる都に連れて行き、神殿の屋根の端に立たせて、
6言った。⌈神の子なら、飛び降りたらどうだ。『神があなたのために天使たちに命じると、
あなたの足が石に打ち当たることのないように、
天使たちは手であなたを支える』
と書いてある。⌋
7イエスは、⌈『あなたの神である主を試してはならない』とも書いてある⌋と言われた。
8更に、悪魔はイエスを非常に高い山に連れて行き、世のすべての国々とその繁栄ぶりを見せて、
9⌈もし、ひれ伏してわたしを拝むなら、これをみんな与えよう⌋と言った。
10すると、イエスは言われた。⌈退け、サタン。『あなたの神である主を拝み、
ただ主に仕えよ』
と書いてある。⌋
11そこで、悪魔は離れ去った。すると、天使たちが来てイエスに仕えた。 

マルコに比べるとずいぶん分かりやすい。誘惑の場である荒れ野に連れて行ったのが“霊”、誘惑したのがサタン/悪魔である点は同じ。

四十日間も同じだが、マタイでは〈昼も夜も断食した後、空腹を覚えられた〉とある。誘惑を受ける条件としては過酷で、極限状況に近い。この条件で誘惑を受けたときの反応において、本音が出ると考えられる。

この本音が出る、というところが大事である。イエズスが公生活に入る前に、どんな人物像なのかを本音ベースで示そうとしている。建前で誘惑を退けるのは簡単だ。机上の議論で誘惑を退けるのは簡単だ。たとえば、いまこうして書いている状況だと簡単だ。40日間の断食をしている状況ではなく、三食を摂っており、野獣と共にいるわけでもなく、荒れ野にいるわけでもない。この状況だと誰でもきれい事が言える。だが、そうでなく、本当にこの条件下で悪魔が示す誘惑を受けたとしたら。どれだけの人がきれい事でおし通せるだろうか。私は正直いって自信がない。早々に白旗を挙げそうな自分がほの見える。

つまり、公生活前のところにおいて、イエズスの本音を示そうとしている。それが聖書の意図である。

三つの誘惑とは、一、石をパンに(信仰で)変えてみよ、一、神殿から飛んでみよ、一、(大なり小なり私を拝むなら)世の繁栄と権力を与えてやろう、というものである。この三つとも、イエズスは見事なまでに斥ける。それも申命記を根拠として挙げることにより(8.3, 6.16, 6.13)。論証として完璧である。悪魔を論破した根拠はすべて神の言葉に究極の起源を有する。

一人一人がこのイエズスの姿勢について真に理解し、その道を求め始めたら、悪霊にとってはきわめて厄介だ。すべての人が簡単に誘惑に屈する方が都合がよい。正義や平和を一人一人が求め始めたら、底辺から変わる。

#聖書 #誘惑 #風 #神の霊

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