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[書評] Traditional Music in Ireland

Tomás Ó Canainn, 'Traditional Music in Ireland' (Ossian Publications, 1978)

Tomás Ó Canainn, 'Traditional Music in Ireland' (1978)

アイルランド伝統音楽の本質を抉り出した名著

自身イラン・パイパーでもあるトマース・オカナンによるアイルランド伝統音楽論。

入門書としても使えるし、専門的な関心にも応える書。

一時入手困難だったが、また入手できるようになったので、簡単にふれる。

全体の構成は次のようになっている。

  1.  入門—アイルランド伝統音楽

  2.  アイルランド伝統音楽の曲集

  3.  アイルランド伝統音楽の構造

  4.  スタイル

  5.  シャン・ノース歌唱

  6.  イラン・パイプス

  7.  フィドル

  8.  3人の音楽家(Diarmuid Ó Súilleabháin, Paddy Keenan, Matt Cranitch)

これらの章の記述の特徴をひとことで言えば、アイルランド伝統音楽を内側から語ることだ。いわば〈中の人〉による記述である。

ある音楽を外側から眺めて描くのでなく、その音楽をつくりだす内側から語る。

このような方針で語ることは器楽方面では他に類例があるかもしれないが、シャン・ノース歌唱(アイルランド語無伴奏歌唱)については極めてまれだ。

しかも、本書では多くの場合に、譜面が添えてあり、何のことを述べているのか一目で分る。

アイルランド伝統音楽を演唱するひとでこのように譜面をまじえて説明できる者はまれであり、その意味でも本書は貴重だ。

アイルランド伝統音楽を内側から語る例を少し挙げておこう。ここでは第5章「シャン・ノース歌唱」から引く。

〈ジョッキいっぱい〉('An Crúiscín Lán')という歌は、アイルランド語をよく知らない人には他愛ない酒飲みの歌に聴こえるかもしれないが、それはコーラス部分だけで、真のメッセジはヴァース(コーラスの前の部分)に隠れており、そこには多くの場合、反逆や革命を呼びかける歌詞がある。

シャン・ノース歌唱の最大の特徴の一つとも言えるメロディの高度な装飾音(ornamentation)について、アイルランドの3つの地域でそれぞれ装飾の度合いに違いがあることを述べたあと、著者はこの装飾がヴァースが進むごとに変化してゆくこと、ついにはその変奏じたいが重要性を帯びるスタイル(歌唱の様式としてヴァースごとの変奏が重要であるような様式)に至ることを指摘する。さらに、装飾がヴァースの進行に応じて変化するのみならず、歌の基礎的な音楽的素材そのものも変化する(歌の骨格部分も変化する)こともあると述べる。そのあと、装飾のしかたについて詳しく解説する。このレベルの解説は類書には殆どない。

譜面を付して装飾を分析する歌は、'An Chéad Mháirt 'e Fhómhar', 'Im Aonar Seal', 'Caitlín Triall' である。

これらの歌の分析はわずか2ページであるが、これらの歌の研究者なら、その部分だけでも本書の値打ちがあるかもしれない。

#書評 #伝統音楽 #アイルランド #OCanainn

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