見出し画像

[書評] 脳腸相関にとどまらない脳腸内細菌相関という新しい人間観

内藤裕二、小林弘幸、中島淳『腸すごい!』(文響社、2022)

(文響社、2022)

脳腸相関にとどまらない脳腸内細菌相関という新しい人間観

脳腸相関(brain-gut interaction)という言葉はまだ理解できる。脳と腸とに相互作用があるという考え方だ。

が、脳と腸内細菌との相関(brain-gut-microbiotica interaction)とは。なにか、ぐっと深くなる感じがする。

腸の調子と脳の働きとが関連しているようだというのは、日頃感じることは多いだろう。

だが、腸内細菌によって人との相性まで影響を受けるなどという話を聞くと、えっと驚いてしまう。つまり、腸内細菌の相性と、人間同士の相性とが関連するらしいのだ[慶應大学教授 金井隆典氏が2023年1月13日放映のTV番組「ヒューマニエンス」で発言。関連する、性格や人格と腸内細菌との関連の話は本書第2章に出てくる]。

腸内細菌はどこにいるかというと、腸管組織の粘膜層に生息する(本書24頁)。腸内細菌の9割以上は大腸、1割は小腸に棲み、それぞれで腸内フローラという腸内細菌叢(microbiota)を形成している(26頁)。

小腸から大腸に送り込まれた消化物が、ミネラル(無機栄養素)や水分が吸収されたあと、残りカスが腸内細菌の働きで分解され、発酵する。

小腸から大腸に送り込まれた消化物は、最初のうちは液状。それが上行結腸から横行結腸に移動すると粥状になり、下行結腸に移動すると固形化する。固形化するといっても、排泄されるばかりになった直腸の便でも、約75%が水分で、固形成分は約25%という。水分が80%を超えると下痢になる。便の排泄量は個人差があるが、1日100-250g程度とされる(25頁)。

〈食べ物が消化管にとどまっている時間は、胃に約4時間、小腸に約2時間、大腸に18時間以上(通常は便を1日2回から2日に1回の頻度で排泄する)とされています〉(21頁)。ということは、食べ物は消化管にまる1日(24時間)以上はとどまっていることになる。長い道のりだ。

腸は消化に関るだけかと思うと、そうではなく、病気から体を守る免疫に深く関る。免疫細胞の約7割は腸に集中している。小腸に約5割、大腸に約2割いると考えられているという(28頁)。

なぜ腸に免疫の要所の役割が与えられているのか。本書の著者のひとり中島 淳氏(横浜市立大学教授)によると、〈腸を含む消化管が体外と直接つながっているから〉だという。消化管の始まりである口から、食べ物だけでなく、細菌やウイルスも入ってくる。胃酸に溶かされず、生き延びた病原体は腸に到達する。〈そのため、腸は病原体の侵入を防ぐ最終防衛ラインとなり、免疫細胞を多数動員して撃退する必要がある〉(29頁)。

ここまで読んだ評者は、腸はめちゃくちゃ重要じゃないかと、認識を新たにした。評者は最近「GABA」という名のチョコレートを好んで食べているが、なんとその GABA(γ-アミノ酪酸)も腸で生成されるという。GABA はチョコレートの名前というより、その抗ストレス作用を担うものの名前だったのだ(Gamma-Amino Butyric Acid, H2N-CH2-CH2-CH2-COOH)。

腸は、脳とだけでなく、ほかの臓器ともネットワークを作り連携しているが、なかでも「腸腎連関」(gut-kidney axis)と呼ばれる腎臓との連関が注目されているという。便秘の人は腎臓病にかかりやすいとか、腎臓を保護する腸内細菌があるとか(32頁)。

こうやって、腸を多面的に見てくると、本書第1章の標題にある〈腸は単なる便の製造工場にあらず! 生きるのに必要な栄養の消化吸収と免疫を担い脳内ホルモンまで作る全身の司令塔〉という言葉が、あながち誇張とも思えなくなる。

腸内フローラが乱れると、さまざまの体の不調や病気といった弊害が出てくると本書第3−4章で指摘される。〈食生活の欧米化によって、日本人の腸内フローラも欧米化し、もともと欧米人に多かった現代病が日本人に増加している〉という(58頁)。

腸内フローラを乱すのは、高脂肪食の過剰な摂取と、食物繊維の不足だと、第4章で指摘される。日本人は毎日あと10g(=バナナなら9本分、レタスなら中3個分、キャベツなら半個分)の食物繊維の摂取が必要だという(61頁)。この不足量からすると、〈かなり意識して、食物繊維を補う必要がある〉というのは、もっともなアドバイスに思える。

意外なことに、〈今となっては、(中略)米国人より日本人のほうが野菜の摂取量が少なくなった〉のだという(63頁)。

〈腸内フローラの乱れを防ぐために、「高脂肪食」と「食物繊維不足」の次に注意したいのが、「塩分のとりすぎ」と「砂糖のとりすぎ」〉だという(64頁)。

〈さらに気をつけたいのが、「抗生物質」〉や、胃薬(プロトンポンプ阻害薬)であるとの指摘にも驚く(65頁)。

〈さらに、ファストフードや加工食品に含まれる「乳化剤」や「酸化チタン」も、腸粘膜の粘液バリアを破壊することが懸念されている〉という(65頁)。

「酸化チタン」については、多くの歯磨きに入っているので、評者は、これに気づいてから、それを含まない歯磨きに変えた。

このほか、いろいろ注意すべきことが第4章には書いてある。例えば、市販の便秘薬(下剤)、〈特にアントラキノン系の刺激成分が含まれた便秘薬を長期服用すると、腸の粘膜細胞が障害され腸が黒くなってしまう〉という(66頁)。

それから、ストレスは自律神経を乱し、腸の蠕動運動を妨げ、腸内フローラが乱れることがわかっているという(67頁)。これも、〈脳と腸と腸内細菌とは互いに関係しあっている〉例だ。

最後に、運動不足も腸の蠕動運動を妨げ、腸内フローラを乱すという(68頁)。〈運動量の目安としては、汗をかく程度の30〜60分の運動を週に3回以上行うこと、そしてそれを継続することが重要〉だという。

では、何を食べればよいのか、が気になる。

第5章では、腸内フローラの乱れ(dysbiosis)の改善に役立つ食品のとり方が紹介される。それには、次の4大食品・栄養をとることだという。

1) 水溶性食物繊維(海藻、ゴボウ、もち麦など)
2) 発酵食品(ヨーグルト、みそ、納豆など)
3) オリゴ糖(バナナ、タマネギ、ハチミツなど)
4) オメガ3系脂肪酸(青背の魚[サバ、アジ、イワシ、サンマ、マグロ、カツオ、ブリなど]、サケ、ホッケ、タラ、タイ、アマニ油など)[サバ缶など魚の缶詰の汁にもオメガ3系脂肪酸のDHA, EPAが大量に含まれているので捨てずに活用]

これらを効率よくとるなら、和食が一番とのことだ(75頁)。

ただし、とり方のコツにはウッとなるものがある。ご飯のとり方だ。〈ホカホカの温かいご飯でなく「冷や飯」を食べること〉だという。〈ご飯を冷ますと、「難消化性でんぷん」(専門的にはレジスタント・スターチ)が顕著に増え〉るが、それが〈腸内で善玉菌のエサになるほか、悪玉菌の害を抑える短鎖脂肪酸を増やすので、腸内フローラの若返りに役立ちます〉とのことだ。しかも、〈難消化性でんぷんは、ご飯の温度が4〜5度に下がったときに著しく増えるとされていますが、常温程度に冷ましてから食べても一定の効果を期待できます〉という(76頁)。

水溶性食物繊維を効率よくとれておいしい最強の主食は「大麦ご飯」(白米に大麦[もち麦など]をまぜて炊飯する)だとも書いてあり、これはぜひ試してみたい(77頁)。

食物繊維の摂取割合は、不溶性2 :水溶性1 が理想だが、水溶性が不足しがちだという(81頁)。水溶性繊維を含むほかの食品として、みそ汁の具にも入れられる、ゴボウ、ダイコン、ナメコ、カボチャ、ホウレンソウ、ハクサイ、ニンジン、シメジ、ワカメなどが挙げられている。

汁物に適さない食材で、腸の健康に有益な副菜として、(ニンジン入り)切り干し大根の煮物、ヒジキの煮物、カボチャの煮物、冷や奴が挙げられている(84-85頁)。

腸を元気にする発酵食品として、ヨーグルトのほかに、納豆、ぬか漬け、キムチ、甘酒、みそ、しょうゆ、塩麹、酢、みりんなどが挙げられている。発酵食は、善玉菌が腸に定着しやすい夕食でとるのが理想的だという(86頁)。

食後のデザートは、天然の果物が適していると書いてある。〈加工品のチコレートやアイスクリーム、ジュース、洋菓子などには、腸管粘膜のバリア機能を低下させるおそれのある果糖ブドウ糖液糖や、乳化剤などが入っているのでさけましょう〉と(87頁)。おすすめは、(たんぱく質分解酵素のアクチニジンが含まれるグリーンの)キウイ、ミカン(水溶性食物繊維がふくまれる薄皮や白いすじも残さずに食べる)という。

こうして、一日の食事を組立て、腸によい生活をするのが楽しみになってくる本だ。

#書評 #腸内細菌


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?