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[書評] 菊次郎とさき

ビートたけし『菊次郎とさき』(Audible版 – 完全版、2018)

俳優 柄本佑の朗読が秀逸。活写される下町と家族

ビートたけしの自伝的小説を俳優 柄本佑が朗読したオーディブル版。

いったい柄本佑がどのように下町言葉を読むのかに興味があって聴いたが、見事だ。この生き生きした語りが作品を何倍もおもしろくしている。

この柄本の読む〈バカヤロー、コノヤロー〉は、実際に耳にしないと、どういう感じか分らない。たけしの一家およびその周りでは、接頭語のように、あるいは口癖のように、何かというとこの〈バカヤロー、コノヤロー〉が出て来る。関西人の〈アホか、おっさん〉と似ている気もするが、江戸っ子のそれは切れがいい。

本作品は次の4章から成る。

①チャプター1「SAKI」
②チャプター2「KIKUJIRO」
③チャプター3「北野さきさん死去」
④チャプター4「北野家の人びと」(北野大によるあとがき)

主たる本文は①と②かと思われる。③は本文(①)と内容が重なる。④はたけしの兄の北野大が、やや客観的な説明を加えて、読者の理解を助けるような趣旨。

②が父・菊次郎の話。ペンキ職人として、高いところでずば抜けた運動神経を発揮したと語られる。この反射的なところはたけしの高速の反応などに引継がれているのかもしれない。

①は母・さきの話で、何といっても本書の中心だ。たけしの半生は、この母親との壮絶なバトルだった感じがする。たけしは、ほぼ全敗だ。どんなに上手く母を出しぬいたと思っても、必ず母は知らぬうちに手を打っている。まったく叶わない。母のパワフルかつ緻密な行動力に脱帽するしかない。

こうした母とのバトルで鍛えぬかれたたけしは、しかし感謝の気持ちを表立って表明することはない。言葉にもしない。

しかし、読者には、〈かあちゃんのおかげでおいらは生きている〉とのたけしの感懐が、にじむように伝わって来る。もちろん、口調はそれとは正反対なのだが。

たけしは自分ではぜんぜん勉強などしなかったというが、実際に母親の希望通り明治大学工学部機械工学科に現役合格したところを見ると、口とは裏腹に陰で努力を重ねたのではないかと思われる。そうでなければ、数学の研究者になりたかったなどと語るはずがない。

ともあれ、こうした父母のおかげで、きょうだいたちのおかげで、まわりの人たちのおかげで、ビートたけしという類まれなアーティストが日本に生まれたことには、感謝の念しかない。

#書評 #ビートたけし #さき

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