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Book/Film Reviews

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書評集
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#アイルランド

【書評】音楽史の域をこえて詩学に接近する

M.カッロッツォ、C.チマガッリ『西洋音楽の歴史 第1巻』(シーライトパブリッシング、2009)  原著は Mario Carrozzo, Cristina Cimagalli: 'Storia della musica occidentale', vol. 1 (Roma: Armando Armando, 1997)。全3巻。すでに、第2巻(2010)と第3巻(2011)まで翻訳が出て、完結している。  第1巻は古代ギリシアから16世紀までを扱う。その範囲を3部に分け

[映画] 'Sing Street' と Christian Brothers

アイルランドの映画 'Sing Street' (2015) を見てきた。見ることができてよかった。 7月9日に上映が始まったが、もう15日にも終わりそうだったので、大雨の予報だったけど、出かけた。 そしたら、驚いたことに、館は7割以上うまっていた。みんな、この映画が観たくてしかたないというようすだった。ここしか時間がとれずに無理をしてでもやってきたという感じの人もいただろう。映画の最後のクレジットの画面で立つ人がほとんどいず、みんな最後の音が消えるまでじっと聞いていた。

【映画評】 アイルランド競技会へ海外から参加する人びと

 アイルランド映画 'The Boys and Girl from County Clare' (2003) は抱腹絶倒のコメディながらアイルランドの伝統音楽競技会にからむ人間模様を映画の形で見事に拳拳服膺してみせた作品といえる。  ケーリー・バンドの全アイルランド大会に参加する三カ国のバンドのリーダーたちとバンド・メンバーとの知られざる過去が物語の中で意外な展開をする。一つはクレアから参加したケーリー・バンドで、他の二つはリヴァプールと南アフリカからの参加。  このリー

[書評] Traditional Music in Ireland

Tomás Ó Canainn, 'Traditional Music in Ireland' (Ossian Publications, 1978) アイルランド伝統音楽の本質を抉り出した名著 自身イラン・パイパーでもあるトマース・オカナンによるアイルランド伝統音楽論。 入門書としても使えるし、専門的な関心にも応える書。 一時入手困難だったが、また入手できるようになったので、簡単にふれる。 全体の構成は次のようになっている。 入門—アイルランド伝統音楽 ア

[書評] M. Doreal, 'Mystery of the Moon'

M. Doreal, 𝑀𝑦𝑠𝑡𝑒𝑟𝑦 𝑜𝑓 𝑡ℎ𝑒 𝑀𝑜𝑜𝑛 (BWT) (おことわり) ドーリル師関連の書物は、一般にはほとんど流通していません。ドーリル師に関する話題は別の ブログ に書いていくことにします。 こちらに書くヴァーションは、書評の部分だけを抜き出します。ドーリル師の紹介を含む全体をお読みになりたい場合には、その ブログの記事 のほうをぜひご覧ください。 BWT が発行しているドーリル師の本の一つ。発行年不明 (c. 1940-63)。 BWT の紹介文

[書評]奈加靖子『緑の国の物語』

奈加靖子『緑の国の物語』(愛育出版、2021) アイルランド歌集。12曲の解説、手書きの楽譜、訳詞に絵 (柏木リエ) がついた大型の本。原語で唄った CD が附属する。CD の歌とハープは奈加靖子、ピアノは永田雅代、録音は塙一郎。 本は3章に分かれ、各章に4曲が配される。 第1章は「季節はめぐり たどりついた愛のかたち」の題で、Thomas Moore (1779-1852) の〈夏の名残りの薔薇〉(The Last Rose of Summer, 'Irish Mel

[書評]Castles of Ireland

Róisín O'Shea, 'Castles of Ireland' (John Hinde, 1995) 画家がとらえたアイルランドの城 論じる対象は、アイルランドの John Hinde 社から出ているハードカヴァ。アイルランド南部コーク出身の画家ローシーン・オシェーが絵でとらえたアイルランドじゅうの城を収めた本だ。小著ながら愛すべき本である。 ローシーンはダブリンにある National College of Art and Design を卒業したあと、オース

[書評]クリスマスの小屋

ルース・ソーヤー 再話、上條 由美子 訳、岸野 衣里子 画『クリスマスの小屋 アイルランドの妖精のおはなし』(福音館書店、2020) 自分の小屋を持ちたいと願い続けた女性がホワイト・クリスマスに—— 百年前、アイルランド北部のドニゴールでの話。ある日、ホガティ夫婦の小屋の戸口に、生まれたばかりの赤ん坊が置かれていた。とおりすぎた鋳掛屋のむれがたまたまそこへ置いていった赤ん坊だった。鍋を直したり、羊の毛を刈ったりしながら旅する暮らしには子供が多すぎたのである。 ところが夫

[書評]レプラコーンとの夏——静修生活転じて異界の修行となる

Tanis Helliwell, 'Summer with the Leprechauns: the Authorized Edition' (Wayshower Enterprises, 2012) 驚異の書だ。 このレベルの接触をした人物はルドルフ・シュタイナー以来かもしれない。つまり、百年ぶり。 といっても、あくまで人間の時間の尺度によればの話。 * アイルランド系カナダ人の著者タニス・フェリウェルは一夏ほど瞑想の生活をするつもりでアイルランドにやって来た。ア

[書評]赤毛のハンラハンと葦間の風

イェーツの幻の物語(1897年版『秘密の薔薇』) W.B.イェイツ『赤毛のハンラハンと葦間の風』(平凡社、2015)  1897年版『秘密の薔薇』に収められた物語「赤毛のハンラハン物語」の本邦初訳。くわえて、1899年の詩集『葦間の風』初版から十八篇の詩を訳してある。  本を手に取るよろこびが味わえる。小さな緑の本。背表紙に題名等が金箔押し。端正な函に収められている(函の絵は1927年版の挿絵から第二話の「縄ない」)。すみずみまで気の配られた本。大きさは同じ平凡社の東洋