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Book/Film Reviews

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書評集
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#小説

【書評】カエルの楽園2020 (改)

著者 百田尚樹 2020年5月9-10日限定公開 ( https://ncode.syosetu.com/n4198gf/ ) ※「抜書き」を附記しました(5月10日) 良い点まさに今こそ読むべき小説です。悲しみを覚えますが、この悲しみは多かれ少なかれ今の時代を生きる人びとが共有しているものではないかと感じます。 気になる点 今という時代の貴重な記録として、将来の世代が想像力を働かせるきっかけになるでしょう。書籍化されれば! 一言 公開に感謝します。連載の「新相対性

【書評】『鹿の王 水底の橋』

上橋菜穂子『鹿の王 水底の橋』(2019) 2015年に本屋大賞を受賞した『鹿の王』の続編。だが、ヴァンとユナのその後の話ではない。ホッサルとミラルの話だ。また、オタワル医術と清心教医術の話ともいえる。 清心教医術は現代の医療に喩えるとどんな医療だろうか。ちょっと当てはまるものがないように思える。強いて挙げれば、聖人が癒しを行なっていた時代の医療か。 〈医術は人の生死を左右する。それゆえ、魂や心の在り様と深く関わらざるを得ない。〉 ところが、オタワル医術を修めるミラル

[書評]又吉直樹『劇場』

又吉直樹の小説第二作。前作で又吉の文体に魅了された人は本作も間違いなく「買い」。 期待を裏切られることはない。作者の文章はますます磨きがかかり、演劇論を通して語られる感性のきらめきは本書の随所に見られる。前作と合わせて、広く芸術論としても読めるし、クリエータを目指す人が読んでもきっと得るところがあるだろう。もちろん、劇団周辺の多彩な人物群像が織りなす愛憎半ばする葛藤はそれだけでおもしろい。何より主人公の永田と沙希の泣き笑いに包まれた関係が、愛おしくなるくらい純粋な男女の恋の

ブータン人の目を通して見る現代日本の姿

伊坂 幸太郎『アヒルと鴨のコインロッカー』を読むよう勧められた。ボブ・ディランの歌が出てくるからだ。 読んでみると、怒りがこみ上げてくる。読むように言われたことに対してではない。小説に描かれた暴力にだ。 ブータン人ドルジの目を通して見る現代の日本の姿に怒りがこみ上げてくるのだ。なぜ、日本はこんな国になってしまったのか。 ペットを「可愛がる」ことを娯楽にする若者集団が出てくる。チンピラが使うような意味での「可愛がる」だ。動物虐待を当然の娯楽と思う、ふつうの若者がいることに

ゾラン・ジヴコヴィチ「列車」を読む

『時間はだれも待ってくれない』(高野史緒編、東京創元社、2011)に収められたセルビアの作家ゾラン・ジヴコヴィチの短篇「列車」。原題 'Voz'. セルビア語原典から山崎信一(バルカン現代史が専門)が訳した。編者の高野史緒(フランス近世史が専門)が的外れにも作中のアクションとは逆の解説を書く。  不幸な状況だ。ジヴコヴィチについて正当な評価が行える環境にない。文学を歴史家が訳し歴史家が解説する。これでよいのか。  にもかかわらず本作品は論じる価値があると思わせる。なぜか。