見出し画像

米津玄師の実在をたしかめたら、ネガティブ思考が治った。〜初めて米津玄師のライブに行った人視点のライブレポ〜

米津玄師、実在した。
散々、音源を聴き画面越しで観てきたが、本当にこの人は私と同じ世界にいるんだろうか。直前まで米津の存在を疑いながら迎えた、変身TOURの埼玉1日目(2022年10月26日 @さいたまスーパーアリーナ)。
そこから今日まで、じわりじわりと染み出るツアーの記憶と余韻。初めて米津玄師というアーティストを目の当たりにした人は何を受け取るのか。約10年前に米津を知り、つい先日やっと肉眼でとらえた。そんな私視点のライブレポ。


平日なんてお構いなしに、さいたまスーパーアリーナ(以下、たまアリ)は満員。
ライトが消え、グッズにもなっているオリジナルキャラクター”NIGI Chan”の映像が流れ始める。車を降りトランクを物色したあと、エレベーターに乗り込むNIGI Chan。すると、巨大なエレベーターを模した舞台装置がステージ中央にせりあがってきた。扉が開くと、みなが待ちわびた米津がステージに降り立つ。

客席からの盛大な拍手と高揚感に対し、「POP SONG」のイントロが開演を告げる。ジョウロ片手にセンターステージへ向かう米津。今回驚いたセットの1つが、メインステージとセンターステージを結ぶ花道の”動く歩道”である。空港にある”アレ”だ。歩くことなく立ったまま、センターへ移動することができる。先程までのNIGI Chanの映像とライブが地続きで、いま目の前にしているのは米津の姿を借りたNIGI Chanであると本当に錯覚するような不思議な感覚に陥る演出である。わずか数分で呆気に取られていると「あれ、脚長すぎないか……?」と冷静な疑問が湧いてくる。「顔の下、シャツの面積小さくないか?え、身体の8割が脚?」米津の第一印象=良すぎるスタイルへの驚き説をぜひ検証したい。私たちはMVに出てくる兵士と同様、米津に釘付けで手のひらで踊らされていた。

「感電」「PLACEBO」と、熱狂は冷めやらない。驚いた演出の2つ目として、辻本和彦率いるチーム辻本のダンサーについても話さなければならない。「PLACEBO」では米津と共に4人がセンターステージに立ち、アクロバティックなダンスを披露。”落ちてゆく”のメロディーに合わせ後ろに倒れ込んでゆくのがリズミカルで目が離せない。楽曲をより力強く、視覚的に楽しめるものにしてくれるのだ。

「どうもー!米津玄師でーす!」会場に影響されたのか、ハイテンションな滑り出し。最後までよろしくお願いします、と告げると先程までのポップさとは一転。「迷える羊」のギターリフが空間を裂く。砂漠を機械仕掛けの狼と歩く、あのカロリーメイトCMの世界観に負けない安定感のあるボーカル。少し話は逸れるが、米津の楽曲はタイアップ作品がすぐに思い出せる。つまりそれほど世に出回り、作品に寄り添い、インパクトを残しているのだと改めて思い知らされる。話は戻り、曲中にステージに米津、センターステージにダンサー1人の構図があった。ステージ上手側の真横の席だったので、直線上に相対する米津とダンサーを見ることができた。どちらを観ればいいか迷う、双方のクオリティの高さ。視界の両隅になんとか2人を収める。ステージ上を縦に伸びる青白い光が鳥籠を連想させる「カナリヤ」では、黄みがかったカナリヤ色のスポットライトが米津を照らす。曲が終盤に差し掛かると鳥籠は放射状に解かれ、ステージバックに小窓が浮かび上がる。窓辺に留まる2匹のカナリヤ、2匹ははためく風に呼び寄せられるように飛び立っていく。小窓から光がこぼれ落ちてきたかと思うと、流れるように「Lemon」の歌い出しへ。カナリヤと同じ黄色いライト、発表時期が2年ほど違うにもかかわらず同じ『STRAY SHEEP』に収められたこの2曲。ひょっとして”あなた”を思うこの2曲は同じ世界のお話なのかな、なんて思いながら歌声に酔いしれる。曲が終わり、スクリーンいっぱいにアニメーションが映し出される。『海獣の子供』を背に歌うのはもちろん「海の幽霊」。色鮮やかな映像にメロディーが融合し、映画館にいるような気分になる。それほどに映像と楽曲の相性が良く、一作品として完成していた。

うっとりとしている客席に「コンニチハ!!」と呼びかけ、「次の曲は最近結婚した”友達”に捧げた曲です」と曲振り。米津のことをデカレモン兄ちゃんと呼ぶほど仲良しな”菅田将暉”に捧げた「まちがいさがし」。したたかで、芯のある声がアリーナに木霊(こだま)する。ギターを手に奏でる「アイネクライネ」は、MVを想起させる水彩画テイストのムービーとともに私たちの心を打つ。虹色に照らされるステージを観ながら、この曲との日々を振り返る。”産まれてきたその瞬間にあたし 「消えてしまいたい」って泣き喚いたんだ”この歌詞を初めて読んだ時から、私は米津の沼から抜け出せない。産声をこんなに哀しく表現する人がいる驚き、どうしたらそんな見方ができるのかという困惑。何度も聴いた。大学1年の頃、カラオケで必ず誰かしらが入れていた。生で聴けたことが心の底から嬉しかったし、間奏の叫ぶようなギターから込められた熱量を感じた。「アイネクライネ」が世に出てから7年後、こちらも珠玉の愛の歌「Pale Blue」。米津はいつのときも”あなた”への思いを曲にしてきたわけだが、これをひとえに恋愛ソングと言っていいのか躊躇ってしまう。誰しもにある慈悲の心を、誰にもできない芸当で言語化する。だから多くの人に受け入れられるし、称賛されるんじゃないか。続いて披露された「パプリカ」もそうだろう。ステージが競り上がり、そこで立ったり座ったりしながら自由に歌う姿を観ていると会場中央から何かが降ってきた。花形の紙吹雪がひらひらと舞い降り、夕暮れ色に染まる会場。ノスタルジックな雰囲気に包まれたのは間違いない。

が、曲が終わっても、取り残された花たちがひらひらと天高く舞っている。「まだ舞ってるねぇ。気になるなぁ(笑)」とMCで触れながら、舞い落ちるまでMCは続く。「ライブ中は思い切り手振りかざしてても突っ立って内側で燃えてても、どんな楽しみ方でもいい。つまんなかったら帰ってもいいと思ってる(笑)」と軽口を叩きながら、彼は”自由でいてほしい”と願っていた。「嫌なことや神経に触れることがあると思う。俺もあるし、ここにいるみんなにあると思う。でも、今夜だけはそういうのが一切なかったなって思ってくれたら。声は出せないけど。身体的じゃなくて、心が自由だったと思える夜にしたい」彼の内面を一番覗き見ることができたMCだった。曲単体で膨大なメッセージを放ち、下手したら他の言葉がいらないんじゃないかというくらいのステージが繰り広げられる中で、こうして本人の口から私たちにメッセージが送られるというのはとても印象的だった。最後の花が舞い散ったことを確認すると、「ここからはアップテンポでいきます」と宣戦布告。

バンドサウンド、ボーカルともにパワフルな「ひまわり」で会場のボルテージが上がる。先ほどのMCになぞらえるならば、”隣にいるこの人も米津さんが大好きなんだろうなぁ”と、観客の一体感が増したように思えた。席が隣なだけの赤の他人、今までの人生も好きな曲もライブの楽しみ方もてんで違うけれど、自分と同じ米津玄師のファンなんだ。熱を帯びる会場の片隅で、そんな温かい気持ちがあった気がした。そして、ここからの2曲を私は永遠に忘れることはないだろう。2015年にシングル発売、アルバム『Bremen』にも収録された「アンビリーバーズ」。徐々に胸が高鳴るあのイントロを聴いて、歌声を聴く前に涙が出た。ど世代。『diorama』『YANKEE』『Bremen』を発売当時に聴き倒し、それから今日まで何度聴き返したかわからない。イントロが、曲が、細胞レベルで沁みついている。イヤフォン越しに通算何百回と聴いてきたはずのその曲は、今までのどれよりも突き刺さった。ここからが神がかったセトリ采配。この日、最もたまアリを揺らした「ゴーゴー幽霊船」に雪崩れ込む。米津ほどのアーティストになると、ファンになるタイミングもバラバラだし、ライブに初めてくる人も多い(そもそも倍率がえげつない)。「初めて来た人?」の問いに、私含め多くの人が手を挙げていた。「ゴーゴー幽霊船」は初期の曲になるわけだが、そんなのお構いなしに沸き立つオーディエンス。脈々と音楽を作り続けた米津。その音楽は、時代を感じさせず常に聴く人を驚かせ惹き込む。ヒットチューンを連発する彼の、最初から確かにあった実力と魅力を痛感した。「爱丽丝」「ピースサイン」と、バラード中心の前半とは打って変わったアッパーチューンの連続。常田大希(King Gnu)繋がりで必ずセトリ入りすると睨んでいた「爱丽丝」が来た瞬間は思わずニヤリとした。常田の姿を見ることは叶わなかったが、ひたすら耳が心地よい言葉と演奏に大満足。初めて曲に対してピースを掲げた「ピースサイン」、米津のライブならではの楽しみ方を堪能した。ライブも終盤、数々の主題歌が歌われた中でまだ披露されていない最新の主題歌。「最後の一曲です」誰もが待ち望んだ「KICK BACK」がライブ本編を締めくくる。2022年下半期にして、今年を象徴する大注目曲が生まれた。真っ赤な閃光の中、ハンドカメラを振り回しながら叫び歌う。到底人が歌えるとは思えないメロディー、リズム、繰り返される転調。意図も容易く操っている様は圧巻だった。”レストインピースまで行こうぜ”、レストインピース=R.I.P.=安らかに眠れ。死んだとて忘れられない、嵐のようなライブだった。米津のライブは、レストインピースのその先まで行ってしまった。

あっという間の17曲に度肝を抜かれながら、アンコールの手拍子をする。拍手に迎えられ、まずステージに戻ってきたのは中島宏士(G)須藤優(Ba)堀正輝(Dr)らバンドメンバー。メンバーの位置するステージの床は可動式で、曲に合わせて姿を表したり消したりしたわけだが、安定感と臨場感を兼ね備えた演奏は終始ライブを彩ってくれた。演出の視点移動がうまく、センターステージの米津を観ているといつの間にかバンドメンバーがいなくなっている、なんてことが何度もあった。楽器隊の準備が整うと、怪しげな音とともに米津が上手後方から登壇。アンコール一発目は「死神」だ。そのままステージ中央に行ったかと思うと、素足で座布団に正座。まさに寄席、高座に座り話しかけるように言葉を紡いでいく。曲調は一転し「ゆめうつつ」では、裸足のままセンターステージへ歩き出す。揺蕩う歌に浮かぶシャボン。いっぱいのシャボン玉を通り抜ける米津はさながら映画のようで、ひどく幻想的だった。

ここでしばしメンバー紹介。米津の幼馴染、ギターのなかちゃんのゴールデンタイム突入。「あれ?今日ってなかちゃんのワンマンだっけ?」と錯覚するほどはっちゃけていたなかちゃん。手拍子を煽り、「盛り上がってるか~い!?」と陽気に呼びかけ、ステップを踏みながら花道でフィーバーする彼を観て、一気にファンになった(笑)。アンコールらしいゆるい雰囲気が流れたところで、次の曲はチーム辻本のダンサーさんも含めみんなでやります、とラストスパート。花道の動く歩道をふんだんに活かしたチーム辻本総出の演出。米津はダンサーを引き連れ先頭で歩いていたかと思うと、突然立ち止まりどんどんと追い抜かれていく。そして肩をぶつけることを厭わずに再びセンターステージに向け歩みを進めていく。そんな演劇めいた立体的なパフォーマンスと並行して歌われたのが「馬と鹿」だ。曲終盤になると、米津を残し忽然と人が消える。ああ、もう終わってしまうなと直感が告げる。ツアータイトル『変身』と切っても切り離せない「M八七」が流れ、予感が確信に変わる。花道に這うライトも、ウルトラマンのカラータイマーを連想させる赤いライトも、近未来的でありながら懐かしさを覚える。アリーナ中の視線を一身に集めるその気高さに、思わず固唾を飲んだ。米津は再びエレベーターに乗り込み、ステージを後にした。惜しみない拍手に包まれながら、end rollの「ETA」が響く。スクリーンに映し出されたのは、どこかを後にし、夜に繰り出すNIGI Chanだった。

この夜からもうすぐ1週間が経とうとしている。終演後、久しぶりに大きすぎる喪失感を味わった。ただ、楽しみな予定が終わってしまったことよりも、自由で圧倒的なライブを見たことによる活力の方が大きかった。変身TOUR以降、冗談抜きでネガティブ思考が矯正されている。

最後に。
米津の実在を確認し、彼は本当に音楽家に向いているなと思った。音楽で人を魅了し、自分を表現するのがとことん上手い。楽曲の解像度が高すぎるが故に、シンプルなMCがちょうど良い。何年も聴いてきたおかげで日常の一部になっていた米津の音楽を、ライブを経てまた一から楽しめそうだ。


ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます!宜しければ右下↘︎の♡ボタンをポチッとお願いします!!


2022.10.26 さいたまスーパーアリーナ
セットリスト

1.POP SONG
2.感電
3.PLACEBO(ソロver.)
4.迷える羊
5.カナリヤ
6.Lemon
7.海の幽霊
8.まちがいさがし
9.アイネクライネ
10.Pale Blue
11.パプリカ
12.ひまわり
13.アンビリーバーズ
14.ゴーゴー幽霊船
15.爱丽丝
16.ピースサイン
17.KICK BACK
En1.死神
En2.ゆめうつつ
En3.馬と鹿
En4.M八七


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?