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「下ろすよりポニーテールの方が似合ってて好きだよ」

高校の時に好きだった先輩がそう言ってくれた。彼はことあるごとに私に好きだと言ってくれた。私が彼のことを好きなのも、もうそれは十分に知られていた。その上で、彼はいろいろな部分を褒めてくれたし、好きだと言ってくれた。だけれど彼には恋人がいた。年上で、知的で、足が長いからどんな服装でも似合って、顔が小さいからどんな髪型でも似合って、すっきりした顔にはメガネがよく似合っていたけれど、彼はそういう人間だった。

恋人の存在を知るまでの私はとても幸せだった。好きな相手に好きだと言われる。私は素直じゃないから誤魔化してみたり、たまにふざけながら好きだと言ってみたり。相思相愛で、けれども進まない。そのもどかしさが愛おしくてたまらなかった。

「下ろすよりポニーテールの方が似合ってて好きだよ」
その言葉に私は「これからポニーテールするの恥ずかしくなっちゃうじゃないですか」と返した。ちっとも可愛くない返しが、とっても可愛い。高校生の少女は恋をしていた。けれども彼には恋人がいて、「好き」を貰っているのは何人もいて、私はその中の一人だということにたった一人だけ気付いていなかった。先輩の学年では有名な話だったようで、私だけがただ純粋に傷ついていた。

高い位置でポニーテールができるくらい伸ばしていた髪を切ったのは、彼が卒業して、私のセンター試験が迫っていた頃だった。あれから毎日ポニーテールをしていた。褒められた髪型は、たしかに似合っている気がした。真実を知ってしまってからポニーテールを辞められるまでに一年かかってしまったけれど、やっと私の髪は短くなった。消化に必要だった期間と反比例するように短い髪の私を、明るい美容室の鏡でまじまじと見る。慢性的な睡眠不足のせいで目の下にクマがあって、勉強中に間食を食べる癖のせいで輪郭が丸くて、その両方のせいで酷い顔色だったけれど、安心したような表情だった。やっと呪いから解き放たれた。やっと彼のことを忘れられる。

あれから三年が経とうとしている。私はずっとショートカットのままだ。私はもう髪を伸ばすことが出来ないのかもしれない。伸ばしてもきっとポニーテールは出来ない。本当は彼のことを忘れられていないことなんて、髪を切った日から分かっていた。彼はまた新しく恋人ができたようだ。下ろした巻き髪がよく似合う、可愛らしいふわふわしたワンピースが似合う女の子だ。

私の反対色だけで塗った美しい絵画を彼が愛でる。それを遠くから私が見ている。見たくないのに足が動かない。見たくないのに、見ていないはずなのに、また髪を短く切る。

誰か、早く、この呪いを解いてください。

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