麗しい一万円の彼女
「どうやら私は一万円らしいよ。」
友人は泣きながら言った。
何の話か理解できなかった私はもう一度その言葉を聞くために聞き返すことしかできなかった。
「今日私を抱いた男が言ってたんだ。『あんたいくらよ?』って。私、こんなの初めてするから『いくら払ってくれます?』って言ったのよ。そしたら一万だって。まだ、好きな人とだってしたことないのに。はじめてをおじさんに使って、その価値が一万だってさ。」
いつの間に自分と年齢のそう変わらない彼女がこんなことをしていたのかも知らなかった私はかなり動揺した。彼女が自分を一万円で売っているだなんて思いもしなかったのだ。妥当な値段を知らない私は、それが腹立たしく思える値段なのか、それともその男性が言う通り相場なのかも知らないのだが、人間に金銭的価値を付けられるのは些か愉快ではないことは容易く理解出来た。
「私がどんなに我慢しても、どんなに勇気を振り絞ってもそれは一万円なんだってさ。1万だよ?時給九百円のあのステーキ屋さんで働けば十時間程度で貰える額だよ?所詮私なんてその程度よね。」
何故そのような事を…などと野暮な質問はもうできない雰囲気が漂っていたその空間は私が唾を飲み込む音さえ騒音に聞こえた。
ふと、私の価値は幾らなのだと気になった。もちろん彼女のように体を預け、他人に価値を付けられる予定は無いが、もしもそのような事があったとしたら。あの容姿端麗、品行方正(金で体を売るあたりはそうとは言えないが)の彼女で一万円なら私なぞ五百円払われてもお釣りを返さなければならないだろう。五百円となると、あのステーキ屋で一時間も働く必要はないわけで、それでも他人に「それがあんたの相場だよ」と言われたらそんな気がしてしまう。
一万円の彼女と一万円の彼女を金で買う大人を比べたら大人の方が余程醜いのに、彼女は程度の低い大人からの値付けで悲しんでいる。まるでそんな大人の方が彼女に価値を付ける権利があるようで、不愉快だった。しかし、彼女にも落ち度がある分、強くは言えない私は彼女を抱きしめる他なかった。まるで、彼女より価値のある人間かのように彼女を宥めた。
一万円の彼女と五百円もしない私と、一万円の彼女を苦しめる価値のない大人。一体誰が幸せになるかなんてまだ分からないけど、私が神様なら彼女に一万円の人生なんて送らせない。アメリカのハリウッドスターのような贅沢を与えたい。あぁ、神様よ。私にはそんな贅沢一つも要らないから、私と汚い大人の分の贅沢の一欠片を彼女に与えたまえ。
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