見出し画像

『終止符のない人生』ノート

反田恭平著
幻冬舎刊
 
 1994年生まれの反田(そりた)恭平は、2021年の第18回ショパン国際ピアノコンクールで第2位に輝いたピアニスト兼指揮者であり、実業家でもある。
 
 ポーランドのワルシャワで5年に1回開催されるショパン国際ピアノコンクールは、ロシアのチャイコフスキー国際コンクール、ベルギーのエリザベート王妃国際音楽コンクールとともに世界三大コンクールといわれている。
 
 著者が3歳の時、母親がヤマハ音楽教室のチラシを見て、ママ友つながりで体験入学をさせたところ、リトミック教育の初歩段階の音当てクイズで正解を出しまくったそうだ。父親の転勤で名古屋から東京に引っ越す時に、音楽教室の先生は、「この子は耳が良すぎます。東京に行ってからも、ピアノでもヴァイオリンでも必ず何か音楽を続けてくださいね。この子はきっと伸びますから」と言われたほどだった。
 読んでいて私は「神童だ!」と感心したが、実は、目隠しをした手の隙間から、ズルをして先生が鍵盤を弾く指先を盗み見ていただけだった、と告白している。
 普通ならここでずっこけるところだが、その後の話がある。4歳で東京に引っ越し、「一音会ミュージックスクール」という子どもの絶対音感を鍛える教室に通うようになったが、著者は誰からも何も教わっていないのに、半音を含め鳴らした音がすぐわかるし、コードも不協和音も耳コピーで再現でき、気がつけば同時に11音を鳴らされても、下から順に当ることができた。そのとき、自分はまわりの子とはちょっと違うかもしれないなと気がつくのだ。
 
 反田ファミリーには親戚を含めプロの音楽家や音楽教師として活躍している人は誰もいない。母親はスティービー・ワンダーが大好きで、母親と一緒に著者はピアノを習い始めたが、父親は音楽には全く関心がなかった。それどころか、まだ幼い著者が自宅でピアノの練習をしていたら、父親はプロ野球中継を大音量で流して妨害されたそうだ。
 
「本業はサッカー」「ピアノは趣味」という状態で育った著者は、サッカーの試合で骨折したのを機に、桐朋学園の音楽教室に入ろうと決め、試験を受けたが、楽典の試験は300満点中18点で、教室創設以来、史上初めて入学保留扱いになった。ト音記号はどうやって書くのか、ドからソは何度上がるのか、音程や拍子の取り方も知らなかったし、西洋音楽の基本をまとめた「楽典」の存在さえも知らなかったというのだから無理もない。しかし、その頃、ショパンのエチュードなどを子どもの趣味とはいえないレベルで弾けていたというのだ。
 
 音楽教室に無事入学を果たした著者は、プロのフルオーケストラの指揮をするという体験をした。初めて指揮台で経験するその強烈な楽器の音圧は質も量も全く違い、「心の中に風がビュッ!」と吹いた瞬間だったと表現している。
 このときピアニストではなく指揮者になりたいと強烈に思い、指揮者のところに行って、「どうすれば僕は先生のような指揮者になれますか?」と質問したところ、その先生から、「指揮者になりたいのなら、まずは楽器を一つ極めなさい」と言われ、ピアノを弾いていると答えると、「ピアノを極める事ができれば、きっとピアノが指揮者になる道を広げてくれるから指揮者になるのはそれからだよ」と真剣に返事をしてくれたその先生の言葉は今でも胸に刻まれているという。
 
 著者は音楽科のある高校に進学したかった。父親は大反対だったが、コンクールで1位をとってきたら認めてやると言われ、中規模のコンクールで最高位の金賞をとってきたものの、賞状に「1位」という文字がなかったので認めてもらえなかった。それにもめげず、さらに3つのコンクールに出場し、すべてで最高位の1位を獲得し、賞状を父親に見せてようやく音楽学校への進学を認めてもらったのだ。
 そして高校3年生の時、日本音楽コンクール史上、男性最年少で1位になったことがピアニストとして世界に飛び出すきっかけとなったのである。
 
 その後、モスクワ国立音楽院やワルシャワ音楽院へ留学し、相当な苦労したが、ピアニストとして多くのステップアップの機会や人間関係に恵まれ、ついに2021年の第18回ショパン国際ピアノコンクールで第2位に輝いた。このコンクールで日本人として入賞したのは51年ぶりの快挙であった。
 
 著者が大事にしているモットーは、「誰がどこで聞いているかわからない。どんなに小さなコンサートであろうが、2000人が入る大ホールであろうが、絶対に手を抜いてはならない」というものである。
 
 いまや著者はピアニスト兼指揮者として、また、音楽家を集め管弦楽団を結成し、みずからマネジメントする会社を立ち上げ、クラシック界で初めて自分のレーベルをつくった実業家である。さらには世界中の音楽家が目指してくるような音楽学校を設立したいと考えている。さらには若手音楽家や指揮者を発掘する国際音楽コンクールをいつの日か奈良で立ち上げたいとの夢を持っている。
 
 そして、なんと反田恭平はこのnoteにブルグミュラーの「25の練習曲」の音源をアップ(有料)していることがわかり、驚いた。
 
 この本を読み終えると、彼の演奏を聴きたくなり、YouTubeで探したら、2021年の第18回ショパン国際ピアノコンクールでの演奏が見つかった。ワルシャワ国立フィルハーモニー管弦楽団バックの〈ショパンのピアノ協奏曲第1番ホ短調Op.11〉の演奏は素晴らしく、久々に背筋に電気が走った。それからBluetoothでスピーカーにつないで聴きながら、この本を再読三読してきた。
 この本は、彼の弾くピアノの音色と同様に心の奥に響く言葉に溢れている。
 
 そうそう、移動中の機内で実写版の「くまのプーさん」(プーと大人になった僕)を観て涙が溢れて困ったと言うことも書いてあったので、早速購入した。まだ観てはいないけれど……。
(ポリシーに反してかなり長くなってしまった。最後までお読みいただき、ありがとうございます。)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?