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【短編小説】最終地点の彼方に⑥

青木 道彦◯木田 栄一郎◯相田 光太郎


「おじいさんはなんていう名前なの?」

光太郎は人懐こく聞いた。

道彦も聞こうと思ってはいたが、
この得体の知れない番人のようなおじいさんに何か聞くということは怖かった。


「俺は木田栄一郎。みんなにはキダじぃと呼ばれている。」

「みんなって、誰?」

よくも悪びれもなくそんなことまで聞けるな、
と道彦はびくりとする。


「こう見えて日中はアクティブに活動しているからね。写真が趣味の仲間と集ったり、農園で野菜や綿花の栽培を子供たちに教えたりしているんだ」


「そりゃあアクティブだなぁ」
2人とも素直に驚いた。
だがさらに謎は深まるばかりだ。


「俺は小学校の先生をやってるんです。今度うちのクラスの子たちを農園に連れて行ってもいいですか」
うちのクラスの子、と言う時にふと春樹の顔が思い浮かんだ。


「みっちー、そうだったの!俺はいま大学で教諭免許の勉強もしてるよ」

道彦は、こんなにヘラヘラしている奴に教師など務まるのかと不安になった。
ただ免許が欲しいだけだろうと悟った。


「今日は講義にうんちが出てきたよ。」


「なんだって?」
木田と道彦は声を揃えた。


光太郎は普段あまり講義の内容を覚えていないが、
今日の講義はとても腑に落ちる内容だったらしく
人にもすらすらと説明できるまで自分のものにしていた。


その内容は、うんち=「自分であって自分でないもの」を人は恐れ、
いじめにつながる場合もあると言うことだった。


光太郎の話にいじめという言葉が出てきた時、
道彦はまたドキリとした。


そしてこの偶然の場に、いま自分が悩んでいることに対しての答えのようなものがある気がしてならなかった。


いろいろな感情が入り混じった顔をして黙っている道彦に、
光太郎は聞いた。

「みっちーはなんで先生になろうと思ったの?」

道彦は我に返り、軽く咳払いをした。
そしてしっかりとした口調で話し始めた。


小学生のときいじめられていたこと。
そのとき親身になって助けてくれた先生がいたこと。

その先生のように、もしいじめがあったら見て見ぬふりをせず助けてあげることができる教師になりたいと、
それだけを考えて一生懸命勉強してきたこと。


おそらくもう2度と会わないかもしれない、
偶然巡り合わせた2人に、道彦はいつに無く自分のことを話していた。

ここは合コンや職場の飲み会ではない。
細かいことは気にしていなかった。

「その先生は、俺が先生になる前にガンで死んだんだけどな。」

もうこの話に飽きているかな、と
道彦は光太郎の顔をチラリと見た。

真剣に話を聞いてくれていた。涙も流すほどに。

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