なぜ、君の名前で僕を呼ぶのか-『君の名前で僕を呼んで』感想-

本文章はひたすらこの問いについて考えることに終始する。
「なぜ、君の名前で僕を呼ぶのか」

本作は人それぞれの多様な解釈を許す余地がある。だから、私はここで私なりの腑に落ちた解釈を書き連ねる。

まずはじめに、本作に登場するエリオとオリヴァーというカップルは、同性カップルではあるけれども、彼らの振る舞いや感情表現は、決して同性愛者でなければ共感できないものではない。
そこで描かれるのは普遍的な恋愛の形であって、多くの人が「ああ、よくあるよくある」「それ自分もやったわ」と思えるエピソードばかりだ。
(さすがにアプリコットをテンガ代わりにしたことがある人は…いるのだろうか…)

だから、語弊があるかもしれないが、本作はあくまでBLであって、現実のゲイカップルの物語ではないと言える。
むしろ、異性愛と同性愛のあいだに差異を見出すこと自体が不毛であるとしたら、本作はまさしくゲイカップルの物語と言えるかもしれない。
何が言いたいかといえば、決して登場人物たちがセクシャルマイノリティであることを強調したいがための作品ではないということだ。
セクシャルマイノリティとしての主張をすることでアイデンティティを獲得していくタイプの物語ではなく、ただひたすらに、同性愛の中にある純粋な好きという気持ちは、異性愛と何も変わらないのだということを描いた作品だと、個人的に思う。

ここで、冒頭の問いに戻ろう。
「なぜ、君の名前で僕を呼ぶのか」
この問いを考えるアプローチとして、私は2つ思いついた。

一つは、実際に僕の名前で君を呼んでみる、という方法だ。
先述したように本作は同性/異性愛関係なく、恋愛をしたことがある人なら共感できる物語だ。
だから、現状異性愛者だと自認している私にも、追体験可能と言える。

とう一つのアプローチは、作中に登場するハイデガーの引用だ。
残念なことに、作中で具体的にどのような引用がなされていたか、今となっては思い出すことができない。ネットで調べたところ、「非隠蔽性」についての引用らしいが、哲学的知識を持ち合わせていないためにそれだけではさっぱりわからない。
しかし、鑑賞中の私は、オリヴァーがハイデガーの引用を読むシーンで、他者との関係性の中に隠された自己同一性が見出せる、という趣旨のことが述べられていると解釈した。これが合っているかはもう一度鑑賞しないとわからないわけだが、さしあたり今はこの解釈が外れていないということを前提に話を進めたい。

私は頭の中で、現在好きな人のことを、自分の名前で呼んでみた。
エリオとオリヴァーが互いを呼び合うように。
これはぜひ皆さんにやってほしいのだが、ふふっ、ふへっ、といった変な声が出そうな気分になる。
くすぐったいような、むずがゆいような感覚である。
なぜこんな感覚になるのか。
それは、名前という一つの言葉の中に、自己と他者の両方を見出すからではないか。
エリオがエリオと呼ぶ時、エリオという名前が指す自己と同時に、「エリオ」と呼ぶオリヴァーという他者を意識せざるを得ない。
確かに自分の名前を声に出しているのに、そこには他者が入り込んでくる。
まるで服の中に手を突っ込んで弄ってくるようなくすぐったさだ。

新世紀エヴァンゲリオンの劇場版で、世界中の人々がLCLの海となる中、綾波レイが碇シンジの身体に手を入れて半分一体化しているシーンがある。
あの時のシンジくんの感覚は、こんな感じだったのだろうかと思う。
要は、他者と一体化しているようで、しかしそこに確実に他者という存在を感じるという、なんともそわそわする感覚がそこにはある。

ここでハイデガーの引用である。
自己を感じるには他者との関係性がなくてはならない。
君の名前で僕を呼んでくれる他者がいなければ、このくすぐったさは感じられない。

エリオの父が彼を諭すシーンで、この経験を無理に押し込めてはいけないというセリフがあったと記憶している。
ここで傷ついた心を、無理に癒そうとすれば30代で魂が擦り切れ、新たな他者を思いやれなくなると。
いやに具体的なのは置いておくとして、ここでの父の助言もまた、本作のメッセージであるこに間違いないだろう。

エリオとオリヴァーが過ごしたような一夏の思い出は、ともすれば世間では結局実らない勢いだけの恋愛だと揶揄されがちである。
しかし、結果はどうあれ、そこで他者と構築した関係性は、そこで得た経験は、なにものにも代え難い。

その関係性が、その経験が、人生を豊かにしていく。
だから、他者との関わりというのは大切で、それは恋愛に限ったことではない。
恋愛だろうと、友情だろうと、どんな形であれ、他者との関係性が人を豊かにする。

君の名前で僕を呼ぶのは、自分を豊かにしてくれる他者と自分が、今まさしく関係を構築しているのだと、認識するためではないだろうか。

だからあなたも、どうか試してみてほしい。
君の名前で僕を呼んで。

#コラム #映画 #感想 #君の名前で僕を呼んで

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